製造業の原価企画はどうあるべきか

製造業を取り巻く環境は、かつてないスピードで変化を続けています。隣国の自動車メーカーは、他国が数年かける新型車の開発を、わずか2年から2年半で成し遂げる時代に入りました。物価と人件費の高騰は止まらず、多くの企業が「インフレ」を最大の懸念材料に挙げています。さらに米国の通商政策の転換で輸出品には高関税が課され、ビジネスの前提が揺らいでいます。加えてAIの急速な進化で、より高度で短納期のものづくりが求められる時代が目前に迫っています。
こうした変動の時代に、企業はどう収益を確保し、持続可能な組織を築いていけばよいのでしょうか。鍵の一つが「原価企画」です。「製品コストの80%は設計初期段階で決まる」という業界共通の原則は今も変わりませんが、それを取り巻く前提は大きく塗り替えられつつあります。本稿では、変動の時代に求められる原価企画の姿の一例を、筆者の実務経験を交えて紹介します。
原価企画とは
原価企画とは、企業の事業性から求められる収益を満足するために、製品原価と商品競争力の最適なバランスを企画段階で確立し、全社横断でその達成に向けた施策を実行するプロセスです。
製造業における原価企画の必要性
製品の売価の内訳には、製品原価のほかに利益や経費などさまざまな要素が含まれます。会社の経営企画によって定まる領域もありますが、その大部分を占めるのは製品原価です。従って、原価をどう設計・企画するかが、そのまま収益を決定します。企画段階から原価にフォーカスし、原価企画を行う理由はここにあります。一方で、製品開発に関わる多くのエンジニアは、良い商品を作って社会に貢献したい、あるいは買った人に喜んでもらいたいという強い想いを持っています。その想いを制御しないまま設計を進めれば、目標原価は簡単に超過してしまいがちです。逆に、それを避けるために厳格な原価管理だけに頼る方法も、うまくいかない可能性があります。
サプライヤーからの見積を集計し、目標原価を超過しそうな部品から装備を取りやめる、仕様をランクダウンする――こうした対症療法を繰り返すうちに、気づけば商品魅力そのものが削がれてしまいます。つまり目標原価は達成できたものの、市場で選ばれない製品になってしまった、という事態は決して珍しくありません。つまりこういった事態を踏まえると、原価企画では、製品原価と商品競争力(品質を含む)のバランスが取れた目標を設定し、それを全社横断で達成できる仕組みを築くことが不可欠です。
原価企画の手法
原価企画活動は多岐に渡ります。自社で多くの種類の商品がある場合、個々に最適化を目指すのではなく原価企画部門が全社的な施策を横断的に進める事で効果の最大化につなげます。施策は各社いろいろあるかと思いますが、基本的と思われる以下の5つの手法を挙げます。
目標原価設定と製品原価積み上げ
前述したように商品競争力と製品原価概算でバランスの取れた企画とし、事業から来る収益を満足する売価設定として目標原価設定を行います。売価は市場で決まるものであり、自社の都合で売価を自由に決めることはできません。市場で成立する売価が先にあり、そこから必要な利益や経費を差し引いた値を目標原価と定めて社内で共有し、それを達成できるように関連部門と連携して開発を進めます。構成部品が多い場合は、目標原価をさらに機能別・部品別などに配分します。
一方、製品原価は一般に過去の実績値や後述するコストテーブルなどを用いて算出し、部品をもれなく集計します。多くの場合は「製品原価>目標原価」となるので、原価低減創出を行います。
原価低減アイデアの創出と蓄積
目標原価を定めたら、次はそれを実際に達成する為のアイデアの創出に入ります。機能別・部品別にコストを造り込み、設計の初期段階で目標原価を達成し得る材料、工法、サイズ、調達方法を定めていきます。いわゆるVE(バリューエンジニアリング)の活動を、開発の早い段階から進めていくことが望ましいでしょう。サプライヤーとも開発の早い段階から原価低減活動を進め、コストの造り込みに関するアイデアを日頃から蓄積して置き随時活用する事が重要です。
例えば、既存サイズの部品であれば、従来の金型や設備で一度に2個を成形する「2個取り鋳造」ができ、加工費を安く抑えられていたとします。ところが商品性を高めるために新規にサイズを大きくすると、同じ設備では1個しか取れず、加工費が上がってしまうことがあります。広く現場を知っていれば、2個取りできる設備を持つサプライヤーに切り替えて発注し、加工費の上昇を抑えることができるはずです。こういった情報は本来設計や調達担当が現場を知っていれば対応可能ですが、コロナ以降現場を見る機会が減少傾向にあり、現場を知らない担当者も多くなりました。そのため原価企画部門含めた情報共有の仕方も重要になります。
為替の影響による調達先選択
近年、最もコストに影響の大きい要因の一つが為替の変動です。さらには関税率の変動もあります。どの国で商品を生産するのか、その部品は国内で調達するのか、海外のどこから調達するのかによって、コストは大きく変わります。これらの変動に振り回されない為には、平時からの準備、情報収集が重要となります。部品の製造に適した設備を持つのはどのサプライヤーか、品質や金型調達の実力はどうかなど、日頃から情報を調査し、選択肢として蓄えておく必要があります。そして開発~生産の期間中にも経済状況の変動に合わせて調達先の対応できる柔軟性と的確な判断が求められています。原価企画は、これまでご説明した設計部門に対する活動だけではなく、経済状況に応じて調達部門と連携し、全社横断で取り組むことが、ここでも改めて問われています。
原価管理
目標原価設定と製品原価積み上げ、原価低減アイデアの創出と蓄積、為替の影響による調達先選択の施策を講じた上で、目標原価に届いているのかを見極めるのが原価管理です。製品全体の原価集計シミュレーションを開発初期から繰り返し行い、目標達成の見通しを立てていきます。開発のフェーズごとにゲートを設け、達成可否を確認しながら次の段階に進んでよいかを判断し、その後の行動につなげます。会社によっては、上位部門による評価制度の一部として実施される場合もあります。
このゲートで確認すべき観点は、大きく以下の3つです。
- 目標として設定した商品性、原価が達成できる見通しがあること
- 目標を満足しない場合は、期限内に具体的な達成手法を提示できること
- 開発の進捗に応じて、自社のコストシミュレーション値から実際のサプライヤー見積もりによる集計へ切り替えること
重要なのは、単に達成見通しの有無を確認することではなく、どのような施策で目標原価を達成するのかを明確にし、その実行状況を管理することです。また、開発初期はコストシミュレーションによる予測値を用いますが、部品仕様の確定に合わせて、実際のサプライヤー見積もりを反映した評価へ切り替えていく必要があります。自社で算出した理論上の「あるべき値」だけでは、実際にその価格で調達できる保証がないからです。見積もり値を査定し、妥当と判断できたものを集計することで、初めて確実に調達できる集計値となります。見積もり値の妥当性をチェックは容易ではないが重要なのは言うまでもありません。
コストテーブル作成とメンテナンス
目標原価設定と製品原価積み上げや、原価低減アイデアの創出と蓄積、為替の影響による調達先選択ならびに 原価管理の手法を根底で支えているのが、コストテーブルの存在です。製品の部品ごとの原価を算出するために、古くからコストテーブルを設けて活用している企業は少なくありません。コストテーブルが整備されている価値は、単に原価を素早く見積もれることだけではありません。設計者自身がコストテーブルを使い計算し、自ら設計した部品の原価を見立てられるようになることで、部品のサイズや形状、材質、加工方法といったコストドライバーを理解できるようになります。また、その知識を基に改善点についてサプライヤーや製造部門と議論し、提示された見積もりの妥当性について根拠を持って判断できるようになります。だからこそ、生産実績のある部品の見積もりを統計処理してコストテーブルを作成することは、原価企画において欠かせない業務です。
ここまで手法を述べて来たが現場で運用しようとすると、いくつもの壁に直面します。続いては、筆者が実際に経験した二つの難所を紹介します。
過去の原価企画の難しさ
前職での経験を交えながら、過去の原価企画で難しさを感じた事例を紹介します。
施策のタイミング遅れ
原価企画では、施策を実施するタイミングが重要です。目標原価を死守するべく、何とか目標原価を達成して市場に投入した製品がありました。しかし、販売は芳しくありませんでした。原因は、部品原価集計のタイミングが遅れたことにあります。
目標原価未達成が判明した時点で既に開発は終盤に差しかかっており、対策に着手するタイミングが遅く、打てる手は限られていました。その結果、装備を削減してコストを下げることになり、商品競争力を失い、市場での評価も厳しいものとなりました。結局、翌年に再び費用を投じて商品性を復活させたものの、当初計画していた収益には遠く及びませんでした。「開発の上流でコストの70〜80%が決まる」という原則が、これほど繰り返し語られる理由を実感した事例です。自前のコストテーブルの限界
前職では、過去の見積もりデータが蓄積されていたため、取引先からの見積もりを科学的に分析し、統計処理を行ってコストテーブルを作成していました。前述の通り、これは原価企画を支える重要な土台です。しかし、この土台を維持し続けることは容易ではありません。一つ目の問題は、メンテナンス工数です。サプライヤーの様々な原価低減活動などによって、原価は徐々に改善されてきます。その為、コストテーブルも定期的に最新の状態へ更新しなければなりませんが、これには大きな工数がかかります。次第にメンテナンスが追いつかなくなり、テーブルの精度は少しずつ実態と乖離していきました。乖離は適切な値で調達できなくなるという問題になります。二つ目の問題は、担当者への業務集中です。当時、コスト算出は設計者が行うことになっていました。しかし、当時のシステムはコスト算出時に寸法などを手入力することが前提であり、コスト算出には多くの時間を要しました。その結果、設計者の負担は増大し、本来注力すべき設計業務がおろそかになるという問題が顕著になっていきました。
コストシミュレーションツールの導入~活用と原価企画領域の拡張
こうした経緯から、原価企画業務の進め方を見直すことにしました。開発の上流で原価を作り込む体制(原価企画)と、それを支える実行力のあるコストツールの導入を目指しました。限られたリソースで、より効率的に原価企画を進めていく。その答えの一つがコストシミュレーションツール「aPriori」でした。aPrioriは、3D CADデータを元に製造工程を自動でシミュレーションし、製造コストや製造可能性を短時間で算出するツールです。
※aPrioriの詳細はリンクを参照してください
コストシミュレーション aPriori コスト領域のDX推進| SCSK株式会社
このツールに期待したメリットは、大きく次の3つでした。
開発初期から詳細な仕様検討
コスト算出結果を用いることで、開発の早い段階から目標原価を見据えた、より詳細な仕様検討を始められます。
コストテーブルのメンテナンス工数の削減
コストテーブルのメンテナンスで必要だった材料単価、労務賃率、エネルギー費などのデータが、定期的に最新の状態へ更新されて提供されます。そのため、自らコストテーブルの情報を調査・更新する手間を省くことができます。
算出工数の大幅な削減
3D CADデータを使うことで、パソコン上から短時間で部品コストを得ることができます。算出工数を大幅に削減できるため、設計者は本来の業務に、より集中できます。
最も、実際に使用してみると、算出結果が日本の製造現場の実際の値と乖離するケースがあることも分かってきました。期待に合った数値が最初から得られない事もあります。しかし、算出ロジックを理解することで、乖離の要因も見えてきます。その要因を踏まえて、必要に応じてカスタマイズを施すことで、期待する結果へ近づけていくことができます。最初から完璧な答えが得られるのではなく、自社の実態に合わせて精度を高めていける――この点こそが、むしろこのツールの大きな強みだと感じています。
aPrioriは使い方を工夫することで、単に部品単価を知るだけでなく、従来の原価企画の領域そのものを拡張できます。ここでは、その代表的な事例を三つ紹介します。
ベンチマーク
過去の量産部品を含む自社部品のコストをaPrioriで算出し、グラフにプロットしていきます。例えば横軸に製品重量、縦軸に算出コストを取り、類似部品を並べることで、コストの傾向を一目で把握できます。ここに新規部品の結果を重ねてプロットすると、その部品が過去実績に対する位置づけが明らかになります。全体傾向から外れた「外れ値」であれば、何らかの仕様見直しが必要かもしれません。さらにグラフ内に社内基準線を設定しておけば、OK・NGの判断も可能になります。OKと判断できる部品には余計な検証時間を掛けず、見直しが必要な部品へ工数を集中できます。限られたリソースを、本当に手を打つべき部品へ振り向けられるようになるのです。
aPrioriの一括計算機能(バルクコスティング)を活用した効率的な支出分析彼我比較 ― 競合とのコスト差を定量的に捉える
従来、競合他社製品との比較は、実際に製品を購入して分解し、構成部品・重量・材料・製造方法を検証する手法が中心でした。しかし、最も重要な要因の一つであるコストの比較は容易ではありませんでした。また、「自社の方が軽量だ」「性能が優れている」といった、一見すると自社に有利な評価にも注意が必要です。それは裏を返せば、競合他社がより安価にするために、あえて仕様を下げている結果かもしれないからです。近年では、3Dスキャナーで競合製品の形状データを取り込み、それを元にaPrioriでコストを算出することも可能になりました。コストを定量的に比較できるようになれば、より適切な評価を行うことができます。こうした活用は、今後ますます広がっていくと考えています。
彼我比較を可能にするaPrioriの豊富な製造プロセスモデル急変する経済状況下でのかじ取り
近年、世界の経済状況は短期間で大きく変化し、産業に甚大な影響を及ぼしています。製品開発期間中の経済状況の微小な変化は過去にもありましたが、従来は対応可能なレベルでした。しかし、激変となれば大きな対応が求められます。その影響を事前に予測し、それをaPrioriに設定し、材料費、人件費、エネルギー費、関税などの変動シナリオ毎にシミュレーションしておく事で変化度合を事前に察知し対策を準備し、定量的なデータに基づく意思決定の為の判断材料とする事も可能になります。まさに、本稿の冒頭で述べた「変動の時代」において、その真価が問われる領域だと言えるでしょう。
aPrioriが保有する世界90地域以上の地域データライブラリ

組織を横断したコスト領域のDX
aPrioriは、3Dモデルから製造原価算出を可能にするデジタルファクトリーの構築を提供し、組織を横断したコスト領域のDXに貢献します。
