時間がかかる解析の効果を短時間で出すためのAI活用法
第五回:ビジネスへの適用の話 これからのAI活用

「ものづくり」以外への最適化の応用事例
最適化の応用先は、自動車・航空機などの工学機械の「ものづくり」が主流でした。ここでは、筆者らが最適化を「マネジメント」に応用した事例を紹介します。
「スマートホームシステム」とは、創エネ・蓄エネ機器を備えた住宅内のエネルギーを制御することで、無駄なエネルギーの削減、暮らしの中で発生する二酸化炭素排出量の低減、停電や災害時の家庭単位でのエネルギーの自立を可能にする、総合的なエネルギーマネジメントシステムです。各エネルギー機器の仕様、スマートホームの電気・熱系統のシステム制約、電気単価の契約形態などさまざまな情報を考慮して、各エネルギー機器を制御する必要があります。しかし、システムが複雑であるため、どのように機器を連携させれば効果的なのかを理解することは簡単ではありません。
そこで筆者らは、ある1日の電力・熱需要が与えられた時に、光熱費と二酸化炭素排出量を同時に最小化できるように、各種エネルギー機器の運転計画(エネルギーマネジメント)の最適化に取り組みました。最初に、本問題には各エネルギー機器の仕様やエネルギー需要に関する多数の制約条件が存在するため、厳しい制約条件下で最適解を効果的に探索できる独自のアルゴリズムを開発しました[1]。そして、本問題で探索されたPareto最適解データを分析することで、光熱費および二酸化炭素排出量の削減バランスを決定する各エネルギー機器の制御則を抽出しました[2]。

生成AIを用いた最適化
最適化の最大の強みは、人間の知識や経験・勘に囚われずに、与えられた目的関数および制約条件の下で最適解を自動的に発見できることです。このことは工学設計において、既存設計と異にする革新的な設計の創出に繋がる可能性を示唆しており、特に設計の前例がない問題において有効に働きます。一方、過去の設計事例が豊富な(例えば、既に量産されている)問題においては、既存設計とは無関係に最適化を行うと、探索される新設計のランダムネス(多様性)が強すぎるために、既存設計を凌駕する新設計を見つけ出すことが難しくなる場合もあります。
そこで筆者らは、新設計の多様性と、既存設計との違い(識別性)を競合的に学習した上で、有望な新設計のみを生成するAIモデル「敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Network:GAN)」[3]を組み込んだ最適化アルゴリズムを開発しました。その結果、豊富な既存設計に潜在する良い特徴を踏まえながら、既存設計をさらに凌駕する新設計を効果的に探索できるようになりました。さらに本アルゴリズムは、ありきたりの既存設計に新たな付加価値をもたらす役割を担うことも期待されます[4]。

物理的整合性を反映したサロゲートモデル
工学設計の最適化問題では、目的関数や制約条件は設計を支配する物理現象に由来することが大半であり、目的関数と制約条件関数の評価に多大な時間を要します。このような場合、目的関数と制約条件関数を数理近似するサロゲートモデルの利用が必要となりますが、モデルの推定誤差が大きいと設計を正しく最適化できません。
そこで近年、単なる数理近似ではなく、物理的な整合性を反映したサロゲートモデルの開発が進められています。「Physics-Informed Neural Network: PINN」[5]はその代表格で、対象とする物理現象が満たすべき支配方程式および境界条件を教師データとした、物理現象を予測するAIモデルです。そもそも、支配方程式および境界条件の形は自明であるため、これらの残差を機械学習の損失関数とすることで、PINNは実質的に教師なし学習となり、教師データの準備を不要とします。よってPINNは、より高精度かつ安価に物理現象(最適化の場合には、物理現象から求まる目的関数および制約条件関数)を推定するサロゲートモデルとして注目されています。
筆者らは、航空機の翼周りの流れ場を予測するPINNについて、モデルの構造、学習プロセス、損失関数などの設定が予測精度に及ぼす影響について調査しています。現状では、PINNの予測精度が設定次第で大きく変わることが示唆されており、サロゲートモデルとしての汎用性を上げることが今後の課題となっています[6]。また筆者らは、PINNは与えられた境界条件(すなわち1つの設計形状)のみについて物理現象の予測が可能であることから、境界条件の変化に柔軟に対応できる新たなPINNの開発にも取り組んでいます[7]。

今回は、ビジネスへの適用の話 これからのAI活用について、最適化を「マネジメント」に応用した事例をご紹介いただきました。 これまで5回の連載で、「時間がかかる解析の効果を短時間で出すためのAI活用法」について、詳しくご紹介いただきました。
参考文献
- [1] Shimoyama, K., Kato, T.: An evolutionary constrained multi-objective optimization algorithm with parallel evaluation strategy. Journal of Advanced Mechanical Design, Systems, and Manufacturing, 11 (5): JAMDSM0051 (2017). https://doi.org/10.1299/jamdsm.2017jamdsm0051
- [2] 冨田将嗣,下山幸治,江原由希子,山田想,國領喬: スマートホームシステムにおけるエネルギー機器の制御則抽出.日本機械学会論文集,84 (859): 17-00390 (2018). https://doi.org/10.1299/transjsme.17-00390
- [3] Goodfellow, I., Pouget-Abadie, J., Mirza, M., Xu, B., Warde-Farley, D., Ozair, S., Courville, A., Bengio, Y.: Generative adversarial nets. Advances in Neural Information Processing Systems, 27: 2672–2680 (2014).
- [4] Hariansyah, M.A., Shimoyama, K.: Deep learning techniques for high-dimensional surrogate-based aerodynamic design. 33rd Congress of the International Council of the Aeronautical Sciences (ICAS 2022): 164–182 (2022).
- [5] Raissi, M. Perdikaris, P., Karniadakis, G.E.: Physics-informed neural networks: A deep learning framework for solving forward and inverse problems involving nonlinear partial differential equations. Journal of Computational Physics, 378: 686–707 (2019). https://doi.org/10.1016/j.jcp.2018.10.045
- [6] 中谷直輝,下山幸治: 翼型空力性能予測のための物理情報に基づくニューラルネットワークの学習コスト削減.日本機械学会第35回計算力学講演会 (2022).
- [7] 奥原景太,下山幸治: 有限体積法に基づくグラフニューラルネットワークによる熱拡散解析の初期検討.第38回数値流体力学シンポジウム (2024).

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