サロゲートモデルとは?プレス加工におけるCAE業務効率化のための活用法

本記事では、サロゲートモデルとは何か、メリットやデメリットなどの基本から、設計空間の理解やサロゲートモデルの効果的な活用方法を、pSeven SAS製「pSeven Desktop」など弊社取り扱い製品を例に説明します。 設計空間の把握に用いられる一般的な手法や、サロゲートモデルによる可視化の効果について具体的に説明することで、サロゲートモデルを活用した最適化のプロセスに加え、適用事例を通じてその効果と利点をわかりやすく解説します。
サロゲートモデルの重要性とは
設計空間を正しく理解することは設計業務における重要な要素の一つです。設計空間とは、設計の過程で考慮される各要素とその相互関係を意味し、これを適切に把握することは、設計の効率性や品質を高めるための基礎となります。例えば、さまざまな設計パラメータや制約条件を理解し、それらを統合的に評価することで、最適な設計案を導き出すことが可能となります。また、設計空間の理解は、問題解決の手法の選定、最適化・AIの活用、さらには設計者間のコミュニケーションの円滑化にも寄与します。したがって、設計空間を深く理解し、効果的に活用することは、設計業務の効率化の鍵となります。
しかし、製品設計や工程設計への要求レベルの高度化と要求速度の加速化に伴い、設計空間は広がり、複雑化しているため、設計空間の理解はますます難しくなっています。現在の設計業務では、数多くのパラメータと制約が相互に影響し合い、その管理が一層困難になっています。新しい技術や多様な顧客ニーズに対応するためには、設計空間の広範な理解が不可欠であり、これは競争優位性の源となります。複雑化する設計空間に対応するための新たなアプローチやツールの開発が急務です。
そのため、統計や機械学習を用いたサロゲートモデルが注目されています。
サロゲートモデルとは
サロゲートモデルは、機械学習などの手法を用いて複雑な現象を簡潔に説明し、傾向や不確かさを迅速に可視化することを可能にします。具体的には、サロゲートモデルは実際のシミュレーションや実験よりも計算コストを低減しつつ、高精度な予測や解析を提供します。これにより、設計や最適化の過程で迅速かつ効果的な意思決定が可能になります。また、サロゲートモデルを用いることで、従来の方法では見逃されがちな微小なパターンや異常を捉えることができるため、設計の信頼性や安全性の向上にも寄与します。このように、サロゲートモデルはデータを活用した設計において、重要な役割を果たす手法となっています。
サロゲートモデルのメリット
1. 計算コストの削減
サロゲートモデルは、高度なシミュレーションや実験の代わりに、計算資源を節約するために使用されます。実際のシミュレーションや実験が非常に時間やリソースを消費する場合、サロゲートモデルはその代替として機能し、同じ結果をより短時間で得ることができます。
2. 設計空間の可視化
サロゲートモデルは、シミュレーションデータを基にして設計空間全体を近似します。言い換えると、複雑な次元で表現された事象を理解しやすい次元で特徴を抽出・再表現します。したがって、設計空間の構造や特性を人がわかる形で可視化できます。これにより、設計者は設計空間の全体像をつかみやすくなります。
3. 大規模な設計空間の探索
実際のシミュレーションや実験に比べてサロゲートモデルは計算が速いため、多次元の設計空間や複雑なパラメータ空間を効率的に扱うことができます。これにより、大規模な問題に対しても対応可能で、広範囲なパラメータ空間を探索する際に効果的です。最適化アルゴリズムと組み合わせることで複雑な事象を高速に検証・最適解を導出できます。
サロゲートモデルのデメリットと対策
1. 予測精度の限界
サロゲートモデルは、実際のシステムの挙動を近似するため、必ずしも完璧ではありません。特に、サロゲートモデルは学習データに大きく依存します。学習データが不十分なときや、システムの全体的な挙動を十分にカバーしていない場合、サロゲートモデルは誤った予測を行う可能性があります。
対策としてはデータ収集手法の適用があげられます。実験計画法(DoE)とCAEなどの計算自動化をすぐに行える環境を確立することで、サロゲートモデル・データ分析に必要なデータをすぐに収集することができます。もちろん日常的にデータを収集・管理するデータ基盤が整備されていれば、すぐに活用できますがなかなかうまくいっていない方のほうが多いかと思います。特に製造業の設計では対象物のふるまいが大きく変わり、過去のデータがそのまま使えないケースがよくあります。したがって、対象が変わっても仮説設定し、データ収集がすぐに行える環境整備を目指すことをお勧めします。
2. 計算リソースの消費
複雑なサロゲートモデルを構築するには、十分な計算リソースや時間を必要とします。特に、非常に高次元のデータや多くのパラメータを持つモデルの場合、計算コストが増大します。GPUがある計算環境の整備などハード面でのハードルが高くなります。
対策としてはクラウド環境・商用AI製品の適用があげられます。これらの環境はAI技術を取り入れるために最適な環境を最先端のエンジニアが整備しています。似た環境であっても、調整内容によって計算速度は雲泥の差になります。ただし、価格が高く、導入ハードルが高いケースが多いです。全体のIN/OUTを把握したうえで、費用対効果を冷静に分析する必要もあります。
人材育成・体制整備の難しさ
サロゲートモデルの業務適用にはドメイン知識の理解・データサイエンスの知見など多岐にわたる技術要素が複雑に絡みます。モデル構築前のデータ整備、モデルの構築、モデル構築後の展開など長期的かつ組織的な取り組みが必要です。一部の優秀な人材が理解をしていても、組織・業務全体への適用が難しいケースがほとんどです。
対策としてはプラットフォームエンジニアリングの適用があげられます。スキルの差を埋めるためには必要な人に必要なアプリケーションの形で操作できることが重要です。昨今では一つのプラットフォームを介して各組織・人材がスキルを共有し、再活用した設計・開発業務が注目を集めています。これにより、AIが得意な人はAI機能の提供、CAEが得意な人はCAE機能の提供など各人材がもつ強みをそれぞれが活かしあうことができる共通基盤の構築が重要になっています。
設計空間の把握
デジタルおよび実機を伴う検証に関わらず、設計空間の把握のためのデータ収集には実験計画法(DoE)を用いることが一般的です。DoEによって、少ない試行回数で設計空間の特徴を把握します。特に製造業において、直交表を活用したDoEは要因分析の場面で広く活用されています。ただし、使用できる変数の数はせいぜい10個程度で、水準も2つ程度と大雑把にみることが多く、機械学習モデルの品質の観点では適さない収集手法ともいえます。
一方、デジタル空間での設計空間の把握にはラテン超方格法(LHS)を利用することが多いです。ユーザーは各変数の上限値と下限値を決めることで、指定した計算回数の中でアルゴリズムに従い空間を網羅できる実験点を提案します。実数の変数への適用が主ではありますが、非常に簡易に使え、かつ効果的にデータ収集ができます。図1にランダムにデータを集めた場合とLHSを適用した場合の関数の予測の比較を示します。同じ実験回数でもLHSを適用した予測の精度のほうがよいことがわかります。

サロゲートモデルのモデリングと可視化
LHSなどで設計空間のデータ収集を終えると、モデリングを行います。モデリングとは収集したデータを用いて、事象のふるまいを表現・代替する数式・関数などを構築することです。一定の範囲の設計空間(多くはデータ収集時の設計空間の範囲)において複雑な計算・実機試験をすることなく入力と出力の関係を確認することができます。特に製造業において、機械学習を用いて精度高く事象のふるまいを再現したAIモデルをサロゲートモデルと呼びます。ここでは2種類のモデリングアプローチについて言及します。統計的アプローチと機械学習アプローチです。本稿では多変量解析など変数の数が比較的少ない場面で用いられてきた伝統的な統計手法を統計的アプローチと呼び、多変数のデータに対して非線形回帰やニューラルネットワークなどを含めた機械学習アルゴリズムを適用する手法を機械学習アプローチと呼ぶことにします。
統計的アプローチで有名な手法は回帰分析です。詳細は割愛しますが、1次あるいは2次の回帰モデルを構築し、統計の各指標を確認します。昨今、エクセルやフリーソフトでも扱えるようになり、導入コストは低いです。一方、線形な関係は捉えられますが、非線形の関係の可視化は難しいため、事象のふるまいの可視化が困難なケースがあります。また直交表と組み合わせる場合、10変数以上の多変数の分析は多重検定の問題など統計学上の問題を抱えるケースが多く、安易な適用は避けるべきものとなっています。
機械学習アプローチでは、より非線形な関係を捉え、多変数のふるまいの可視化を精緻にします。図2はpSeven Desktopによるサロゲートモデルの可視化機能です。横軸は入力変数、縦軸は出力変数です。各変数が変化した際に、出力変数がどう変化するか傾向が可視化されています。また、出力変数の予測には一定の幅が示されています。これは予測の不確かさを示しており、与えられた入力変数の値の場合の予測の正確さがわかります。幅が広く示されるほど、予測結果が不確かです。幅が狭く示されるほど、予測を信頼できます。予測の不確かさを合わせて可視化することで、意思決定の判断の根拠がより確かになります。各グラフの右下隅に縦棒のグラフが示されています。これは出力変数に対する各変数の寄与度を示しており、どの変数が出力変数に最も影響しているかがわかります。このようにサロゲートモデルにより、事象のふるまいを多角的に分析することができます。

ただし、機械学習アプローチでは、特にモデリングにおいてデータの特徴を考慮した手法選択、ハイパーパラメータの調整など高度なデータサイエンススキルを要求されます。近年では、徐々にその導入ハードルは低くなってきています。例えば、pSeven DesktopのSmartSelectionではデータを読み込むだけで搭載している手法をすべて比較・調整し、高品質のAIモデルを自動構築します。モデリングから可視化までシームレスに実現できます。また、大規模言語モデル(LLM)の登場により、普段プログラミングに慣れていないユーザーによる機械学習プログラムの実装のハードルは低減されつつあります。
最適化アルゴリズムの適用
設計空間が一定以上把握できた後は、CAE(あるいは実機)と最適化アルゴリズムを用いて最適化を行います。最適化アルゴリズムを適用する場合に試行・計算する関数を評価関数と呼びます。CAEを用いた最適化の場合、CAEが評価関数となります。最適化アルゴリズムには評価関数の特性に応じて手法を使い分けることが求められます。ここでは、様々なソフトウェアで広く採用されている進化アルゴリズム(遺伝的アルゴリズム)と実務向きといわれている機械学習ベースの最適化アルゴリズムの2種類を紹介します。
進化アルゴリズムは、生物の進化論を発想のベースとしており、個体(解候補)集団を生成し、自然淘汰と突然変異の概念を利用して、世代を重ねるごとにより良い解を見つける手法です。入力変数と出力変数の関係を直接見ているわけではなく、良好な値の変数の組み合わせに対してランダム性を含めながら設計空間を広範囲に探索します。具体的な関係を明示できないブラックボックスな評価関数に対して効果的であり、解が不連続であっても探索可能です。一方で、計算回数を多数要するため、計算時間がかかる評価関数との連携は不向きです。したがって、最適化全体の計算時間がかからないような工夫が求められます。工夫には2種類あります。一つは最適化アルゴリズム自体の工夫です。例えば、TRANSVALOR S.A製塑性加工シミュレーション「Transvalor Material Forming(以下TSVMF)」では進化アルゴリズムの一種を採用しており、探索時に内部でメタモデル(簡易な関数)を構築し、メタモデルで探索した良好な組み合わせを再度CAEソルバーで計算しています。これにより探索時の計算コストを低減しつつ、進化アルゴリズムのメリットを得ることができます。
もう一つは評価関数の計算コストの低減です。通常CAEの計算コストは高く、どんなに速くても数分以上はかかります。そこで、CAEの代わりにサロゲートモデルを用いることで計算コストを低減します。例えばNural Concept AG製「Neural Concept Studio」では、図3で示すように、CAEの代わりに3Dサロゲートモデルを構築し、進化アルゴリズムと形状作成機能を組み合わせることで、最適な形状探索を十分な計算回数を高速に実現できます。
機械学習ベースの最適化アルゴリズムは、CAEのような計算時間がかかる高価な評価関数を効率的に最適化するための手法です。内部でサロゲートモデルを構築し、変数間の関係と確率の要素を考慮して解を探索します。設計空間の関係を考慮するため、他の手法と比較して計算回数を少なくすることができます。つまり効率的な探索を求められる場合、こちらの手法を利用するとよいです。例えば、pSeven Desktopではこのアルゴリズムの一種を採用しているため、少ない計算回数で最適解を探索できます。図は進化アルゴリズムNSGA-Ⅱとの比較になります。比較項目はベンチマークとなる最適化問題に対して最適解(パレート解)を発見できるまでにかかった計算回数です。pSeven Desktop以外の手法では2000回以上の計算を要しましたが、pSeven Desktopは488回で同定しています。

このように、業務の状況や評価関数の特性に応じて最適化アルゴリズムを使い分けることで業務効率を向上させることができます。一口に最適化アルゴリズムといっても特徴が異なるため、適用する際は手法の選択に注意が必要です。
適用事例
本章では、大手自動車メーカーがTSVMFの設定パラメータ(摩擦係数、熱伝達係数など)に対する実機合わせとパラメータ分析を行い、業務効率化を図った事例を紹介します。 検討対象は2種類の製品(クランクシャフト、コンロッド)で、それぞれ複数の工程が存在しました。各工程について推奨設定パラメータが用意されていましたが、実機との乖離や設定変更が発生した場合は、すべての設定を見直す必要がありました。特に10種類以上の設定ファイルがあったため、設定作業に無駄ややり直しが発生することが課題でした。 そこでサロゲートモデルを用いた機械学習ベースの最適化によって設定パラメータを見直し、実機との乖離を低減しつつ共通化を図りました。検証ステップは以下の4つに分けられます。
1. 合わせこみ対象パラメータの選定
既存の知見およびTSVMFの計算メカニズムから荷重に寄与する摩擦係数および温度関連のパラメータを選定しました。

2. CAEの自動化とDoEによるデータ収集
pSeven Desktopで自動化を実装し、対象パラメータの値を自動で変更・計算・出力値取得を実施。クランクシャフトでは70回(約100時間)、コンロッドでは60回(約120時間)計算を行いました。
3. 寄与度分析とサロゲートモデル化
収集したデータを用いてpSeven Desktopによりサロゲートモデルを自動構築し、寄与度分析を実施しました。サロゲートモデルにより各変数の非線形関係および不確かさを可視化し、精度の高い設計空間の把握を実現しました。

4. 荷重の合わせこみ
2つのサロゲートモデルを用いて最適化を実施しました。30分で計算回数を2000回実施しました。

本事例の結果、実機の荷重に対するCAEの計算誤差率がすべての工程で低減しました。また、設定ファイルを10種類以上から2種類に共通化できました。本事例のユーザーは今回の成果を今後の解析活用標準化フローの改善の検討材料の一つとしました。
まとめ
本稿では、設計空間の理解とサロゲートモデルの効果的な活用について、pSeven Desktopなどを例に交えながら要素技術を概説しました。サロゲートモデルを通じた事象のふるまいの把握は、設計業務の効率化の基礎となり、CAEとAIをフル活用したデータ駆動型設計業務フローを構築するきっかけとなります。単一の汎用的なソリューションはなく、設計空間に応じた適用技術の選定と自動化システムの検討・構築することが重要です。

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