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なぜ日本で「I-REC」が必要なのか? 再生可能エネルギー経済学の専門家に聞く

2023年1月から日本で発行可能になった再エネ属性証書「I-REC」。まだ普及途上ではあるが、その状況下においても需要家企業や再エネ発電者の一部は「I-RECでなければならない」と認識している。なぜI-RECでなければならないのか。なぜ日本で一般的に利用されている「非化石証書」では不十分なのか。日本トラッキング協会の代表理事を務める京都大学大学院経済学研究科 特任教授の内藤克彦氏に話を聞いた。

需要家企業や再エネ発電者は、なぜI-RECを必要とするのか?

ゼロエミッションの実現に向けた取り組みを推進する企業のうち、とくにグローバルでビジネスを展開する需要家企業の間では、北米のREC、欧州のGO、アジア・アフリカ・南米などのI-RECといった世界標準のエネルギー属性証書(EAC:Energy Attribute Certificate)を利用することが、すでに「あたり前」となっている。

なぜI-RECでなければならないのか。再エネ経済学を研究する京都大学大学院の内藤克彦特任教授は「日本の需要家企業も、ようやく『世界標準のエネルギー属性証書』の必要性に気付き始めたからだ」と話し、こう続ける。「需要家企業はCDP、SBT、RE100といったGHG排出量削減を目指す国際イニシアチブに対し、自社のエネルギー使用状況を報告・説明する必要があります。その際に、正当な再エネ電力を使用していることを“自信をもって主張する”には、唯一性と追跡性という要件を満たさなければなりません。また、自社が欲しい属性の再エネを選ぶことができ、関連会社や社内で統制を利かせることができる点でも、需要家企業はI-RECのような世界標準のエネルギー属性証書を求めています」(内藤氏)

一般社団法人 日本トラッキング協会 代表理事
京都大学大学院 経済学研究科特任教授
内藤 克彦 氏

欲しい属性の証書を選んで購入したい

今日、再エネは選んで使う時代になりつつある。2022年10月に改訂されたRE100の技術基準では、新しい発電設備の再エネを購入することで、再エネ設備投資を拡大させる「追加性」と呼ばれる取り組みを推進するために、運転開始から15年以内の再エネ発電所からの電力を購入するよう制限された。再エネならどれを使っても良いわけではなく、「最新設備でつくられた再エネを使う」「地元の再エネを使い地域に貢献する」など、よりよい再エネを選んで使う時代になってきている。これに準拠するには、再エネを“自社が選んで”調達しなければならないが、これまで日本では自社が欲しい属性の再エネを選んで購入することはほぼ不可能だった。だが、I-RECのような国際標準のエネルギー属性証書を利用することで、属性が明らかな欲しい属性の証書を必要な分だけ調達することが可能になる。

また、日本の非化石証書などのローカル証書と異なり、国際標準のエネルギー属性証書は自社で管理するうえでの手間が少ない。国際イニシアチブなどに再エネ利用を主張するときには、その正当性を証明することが前提となるが、その証書がローカルのものだと、証書自体の妥当性を証明しなければならなくなる。また、ローカル証書は、その使用期限や転売可否などのルールも独自であるため、関連会社や社内の統制を利かせるのにも手間がかかってしまう。それゆえ、グローバル企業にとっては、事業拠点を構える国・地域限定で発行されたローカル証書はできるだけ避けたいというのが本音である。

再エネ環境価値を高め、より高い経済的対価を得たい

再エネ発電者がI-RECを求める理由は、自社が発電する再エネの環境価値を正当に評価してもらうことで、より高い経済的対価を得られるためだ。前述のとおり、国際標準のエネルギー属性証書であれば、需要家企業がエネルギーの属性を基準に自ら選択できる。人気のある属性をもつエネルギー属性証書には高い価格がつき、そうでない証書は安い価格になるといったように、属性によって価格が変動する。再エネ発電者は、市場が求めている再エネを創出することでより高い価格で販売でき、発電設備の投資効率の向上、ひいては社会全体の再エネ利用拡大にもつなげられる。

“自信をもって主張する”ために必要な「唯一性」と「追跡性」

内藤教授のいう“自信をもって主張する”ために必要なもの、それが「唯一性」と「追跡性」という2つの要件だ。あたり前のことだが、電気にはしるしがなく、どこでどのように発電されたのかを区別できない。それを判別可能にするための仕組みが、I-RECのようなエネルギー属性証書だ。

「再エネ電力の利用を証明するには『いつ、どの発電所で、どれだけの量の再エネ電力が発電されたか、その電力を誰が使ったか』が記録されていること、その情報が事実だと監査できること、情報の改ざんが不可能なシステムで、厳格に管理することが求められます。これが、I-RECが持つ『唯一性』です」(内藤氏)

もう一方の要件が「追跡性」だ。

「再エネ発電者が電力を創出したあらゆる情報は、レジストリと呼ばれる“登記簿”に記録されます。この情報をもとにイシュアと呼ばれる第三者機関が再エネ属性証書を発行し、その証書が取引・販売されて需要家企業が使用(償却)するまでの情報も記録されます。需要家企業が属性証書の所有権を主張できるのは、証書を償却することが前提であり、これらすべての情報は第三者がいつでも検証することが可能です。これが、I-RECの『追跡性』です」(内藤氏)

この2つの要件を満たしているからこそ、I-RECの再エネ属性証書によって転売されても「他者が同じ属性の電力を二重使用していない」ことが明確になる。それゆえに、国際イニシアチブや自社あるいは取引先への報告においても、自信をもって主張できるようになる。

「非化石証書」では唯一性、追跡性を証明できない

I-RECは日本では新しい仕組みでもあり、現時点では日本企業の間で広く普及するところまでには至っていない。その理由の一つとなっているのが、日本が独自に運用する「非化石証書」の存在がある。しかし、非化石証書はもともと、属性の唯一性や追跡性を証明するために生まれたものではない。

I-RECと非化石証書の比較

横スクロール
I-REC 非化石証書
創設目的 再エネの属性証明 環境価値の売却
主張対象 電力の属性
=どの電源のいつの電力を消費したかを主張できる
非化石価値
=CO2排出ゼロを主張できる
規格 International REC Standard
※北米REC・欧州GOと同等
なし
※ローカル証書システム
対象地域 世界54か国 日本のみ
運用実績 REC・GOの実績を踏まえて2014年に創設 2018年
証書発行対象 自家消費・自己託送・系統に流した電力 系統に流した電力
(需要家)
属性による選択
×
(需要家)
転売
×
(需要家)
有効期限
なし ※ストック可能 翌年6月まで
(需要家)
CDP・SBT・RE100
諸制度の技術基準に適合 RE100はトラッキング付き非化石証書のみ適合
(需要家)
温対法
協議中
(発電者)
価格設定
発電者が自由に設定可能 オークションで決定
(発電者)
遡及発行
〇 ※遡及条件あり ×

「非化石証書は、2018年に経済産業省・資源エネルギー庁が再エネの固定価格買取制度(FIT)で買い取った再エネの『環境価値』を売却するためにつくられました。しかし、2020年にはFIT以外(非FIT)の再エネ電力やGHGを排出しない原子力発電による電力にも拡大され、再エネ電力だけに限られているものではありません」(内藤氏)

トラッキング付きの非化石証書には、産地や電源など電力の由来に関する情報が付加されるが、あくまでも付属情報の位置づけであり、唯一性や追跡性といった電力の属性の安全な取引を担保するための仕組みとして作られていない。

「環境価値の売却を目的につくられた非化石証書と違い、I-RECは再エネの属性を取引可能な形で証明するための証書としてつくられたところに大きな差異があります。現時点ではCDP、SBT、RE100など国際イニシアチブへの報告・説明に、再エネ指定の非化石証書を用いることも認められていますが、REC、GO、I-RECのような世界標準のエネルギー属性証書ではない、あくまでもローカル証書であることには注意が必要です」(内藤氏)

非化石証書は国の主導で進められているだけに内藤教授は慎重に言葉を選ぶが、将来的に国際イニシアチブの方針が変わる可能性も否定できない。国際イニシアチブが求めているのは「使用している電源がどのようなもので、それがダブルカウントなく発行&使用されているか」ということであるからだ。

内藤教授が代表理事を務める一般社団法人日本トラッキング協会は、I-RECのような電力の再エネ価値を明確にする属性情報を記録・管理し、二重使用や不正取引を防止するトラッキングシステムを普及・啓蒙するために立ち上げられた団体だ。国際的には再エネ電力だけでなく、ガスのカーボンニュートラル化を実現する再エネガスのトラッキングシステムが構築されつつあり、こちらの動きにも注目している。

環境への対応が世界の課題となり、ビジネスのグローバル化が進む中、自社の再エネ利用の取り組みを正当に評価してくれる世界標準のエネルギー属性証書の利用は、世界では既に一般化している。

日本で発行を開始して間もない「I-REC」は普及途上であり、ローカル証書での国際イニシアチブへの報告も認められている現状では、まだまだ認知度も低い。しかしながら、内藤教授のいう「正当な再エネ電力使用を“自信をもって主張”したい」と考える企業は増加している。日本にはグローバル企業も多く、世界標準のエネルギー属性証書の活用が一般化するのも、そう遠くないのではないか。

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