NVIDIA GTC 2026 Keynote(基調講演)レポート ~膨大なトークンを支えるAIファクトリーで、世はまさに大推論時代!〜
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生成AIやAIエージェントに続く新たな潮流として、今「フィジカルAI」が注目を集めています。これはAIがセンサーやロボットといった「物理的な実体(フィジカル)」を持つことで、現実世界で自律的に行動する技術を指します。
特に製造業の生産ラインでは「産業ロボット」の活用が進んでいますが、昨今の人材不足や急速に変化する市場ニーズへの対応など、従来の技術では対応が難しい課題も出てきています。こうした状況下で、現実世界で自律的に判断・行動できるフィジカルAIは、ロボットが「協働ロボット」として活躍する領域を劇的に広げると期待されています。もっとも、フィジカルAIを現場へ即座に導入するには、学習データの不足という高い壁が存在します。しかし、この課題も生成AIの活用によって解決の道が見えてきました。
本記事では、フィジカルAIの実証実験を進めているSCSKのスペシャリストに、製造業が直面する現状の課題からフィジカルAIが切り拓く可能性まで、その最前線の知見を詳しく解説します。
![]() SCSK株式会社 ITインフラサービス事業グループ 中部マネージドサービス事業本部 中部マネージドサービス営業部 第一課 吉田 孝志 |
![]() SCSK株式会社 ITインフラサービス事業グループ 中部マネージドサービス事業本部 デジタルファクトリー部 第二課 谷澤 真 |
![]() SCSK株式会社 ITインフラサービス事業グループ 中部マネージドサービス事業本部 デジタルファクトリー部 第二課 辻 淳也 |
目次

製造業は早くから生産工程に産業ロボットを導入し、自動化による品質の安定化や生産性向上、省人化を進めてきました。しかし、少子高齢化による人材不足が深刻化し、さらなる省人化・効率化が求められる中、産業ロボットの課題が顕在化してきました。
谷澤 これまで産業ロボットは製造業における人手不足の解消において目まぐるしく活躍し、大きな役割を果たしてきました。特に、対象物の位置を正確に定めることで高速かつ繰り返し作業を行うといった、大量生産の現場では高い効果を発揮してきました。
一方で産業ロボットには、大きく分けて3つの課題があります。1つ目は安全性です。産業ロボットは大型で、人が近くで作業するには危険なため、安全柵などを設けて広いスペースを確保する必要があります。その結果、導入には時間もコストもかかります。
2つ目は人材不足。多くの企業では、産業ロボットに決まった動作を覚えさせる「ティーチング」ができる専門知識を持つ人材が不在、あるいは足りない状況です。
3つ目は、対応できる作業があらかじめ決められている点です。産業ロボットは、あらかじめ決められた動作を正確にこなすことには非常に優れていますが、想定されていない作業や状況に応じた判断が求められる領域には対応できません。新たな業務や状況に対応させるにはティーチングを行えばよいものの、実際の現場で求められる多様な作業パターンをすべて事前に定義し、動作として教え込むことは現実的ではありません。
こうした課題から、本当はロボットに任せたいけれど人手に依存し続けている作業がまだまだ多くあるのが現状です。少量多品種の傾向が強まる中、従来の産業ロボットだけでは限界です。
吉田 しかし近年、AIの進化により、これまで苦手としていた領域にもロボットの活用範囲が拡大しています。従来の「生産設備としてのロボット」と、私たちと共に考えて動く「新しいロボット」が平行して活用される時代が見え始めています。

そんな製造現場の課題を解決する手段として登場したのが「フィジカルAI」です。自律的に考える“脳”としてのAIに、センサーやロボットなど「物理的な実体」を持たせ、現実世界を正確に知覚することで、あらゆる業務に適応して人間と一緒に行動する「協働ロボット」が実現できると期待されています。
辻 これまでの産業ロボットには「考える力」がなく、正確に同じ場所に置かれたものを掴んで移動するなど、同じ作業の繰り返しに特化していました。これに対して、フィジカルAIを用いた協働ロボットは、センサーやカメラを通して周囲の状況を把握し、判断しながら作業できます。つまり、作業者と同じ場所で、作業を教えながら進められるのです。これは、従来のロボットではできなかった領域です。
日本国内では今、フィジカルAIという言葉が認識されはじめた段階です。多くの企業が、フィジカルAIにすべてを一気に任せることはできないとは理解しながらも、活用法を模索しています。
谷澤 生成AIが登場した時も驚きましたが、その進化のスピードに衝撃を受けました。この勢いで進化する技術がフィジカルAIに応用されれば、ロボットにいろいろなことを任せられる未来も近いように思います。もちろん、すべてがフィジカルAIに置き換わるわけではありません。しかし、産業ロボットでは対応できず、人がやるしかないと諦めていた領域に「フィジカルAIが活用できるのでは」と世界中が注目しています。
吉田 従来の産業ロボットは定められた業務を繰り返し正確にこなせる、フィジカルAIは周囲の環境に柔軟に対応できる。この両者の特長を活かした、それぞれにとっての最適な導入があります。
フィジカルAIの実用化という意味では、特に現場で多様な判断を必要とする仕事に優位性があると考えています。生産ライン以外にも、例えば不要になった段ボールやビニールといった梱包材を回収・運搬するなど、これまで人が担うしかなかった間接的な業務の中で、ロボットの活用余地が大きく広がる可能性があります。

期待が高まるフィジカルAIですが、実用化にはさまざまなハードルがあります。大きな問題が「学習データ」。汎用的な生成AIチャットツールなどは、インターネット上の膨大なテキストや画像を学習することで回答を生成しますが、フィジカルAIに必要な学習データは企業各社が自前で用意するしかありません。
谷澤 フィジカルAIの学習には、ロボットがどのような動きをするのか、腕(アーム)の角度やものの掴み方・場所のパターンなど、詳細で膨大なデータが必要です。その学習データを、実際に人が動いて収集するには限界があります。データ取得のため、人が何回も作業を繰り返した結果、腱鞘炎になったというケースもあり、現実的ではありません。実際にロボットを動かして学習させるにも、正しく動いているデータだけでなく、失敗したデータも必要なため、さまざまなバリエーションのデータ取得に相当な費用がかかります。海外では大量のロボットを並べて動作させ、データを取得するという事例もありますが、多くの投資が必要になり、学習データをどう用意するかが大きな問題でした。

この学習データの問題を解決するのもまた、AI技術の進化です。鍵となるのは、NVIDIAが提供する3つのソリューション。デジタル上にリアルな仮想空間を構築する「NVIDIA Omniverse(以下Omniverse)」、その中でロボット操作などのシミュレーションデータを作成する「NVIDIA Isaac Sim(以下Isaac Sim)」、そして必要な学習データを大量に生成する「NVIDIA Cosmos(以下Cosmos)」。これらを組み合わせて活用することで、デジタルとリアルの双方向で検証を進め、効率的にフィジカルAIを開発できます。
辻 Omniverseはデジタルツインと言われる技術で、重力や摩擦なども含め、私たちが生活している世界に近い動きをデジタル空間上に再現できます。ポイントは光や質感などの見た目もリアルに再現できることです。例えば、Omniverse上で「ロボットがものを掴む動き」を1つ作成したら、Isaac Simでロボットの訓練やテストをシミュレーション。次にCosmosで床の素材や明るさを変えるなど、大量の学習データのバリエーションを生成。こうして得られたデータを現実世界のAI搭載ロボットに実装し、稼働させます。
もし、精度が低いところや学習が不足している部分が見つかれば、このループを回すことで、AIの精度をどんどん高められます。
吉田 ロボットを動かす“脳”を作るには、教師データの質と量が重要です。教師データにリアルな映像を使えればベストですが、撮影に時間と手間がかかります。そこで、SCSKではデジタルの活用を進めています。辻と谷澤はCGでリアルを再現するスペシャリストで、その技術ノウハウをデジタルツインの領域で活かせるのが、フィジカルAIの分野での大きな優位性です。
フィジカルAIが“自律的に”判断するとなると、光や影の様子、作業台の色・素材なども精度に大きく影響するため、“質感のリアルさ”も重要です。そこでこれまでCGでリアルを追求してきた技術が活きています。
谷澤 昔のCGは、一晩計算してやっと1枚の静止画を出力できるような世界でしたが、Omniverseのデジタル空間ではリアルタイムで本物さながらの質感まで再現できます。さらにCosmosのようなプラットフォームまで登場し、フィジカルAIの開発スピードの向上と開発コストが大幅に削減できると期待しています。
辻 CADで形を作成して生産ラインに流すだけならば、「鉄の質感」などは不要で、数値さえあれば問題ありません。しかし、フィジカルAIの学習では、AIに「これは何か」を理解させる必要があり、テクスチャがついていることが重要になります。まさに、私たちがやってきたリアルの追求が意味を持つようになったということで、これまでの取り組みにつながっています。
谷澤 NVIDIA自身、グラフィックボードからスタートした企業で、その歴史にもつながっていると言えますね。
学習データの準備が課題となる中、今回特に注目したのがOmniverse上で大量のバリエーションデータを生成できるCosmosです。
Cosmosには以下の3つのパターンが提供されており、自然言語で指示するだけで多様なデータ生成が可能です。

3つのコンポーネントで構成されたNVIDIA Cosmos
辻 一般的な画像生成AIでも、プロンプトのみで「それらしいもの」は生成できますが、品質や精度には限界があり、現実世界で活用できるフィジカルAIに必要な学習データとはなり得ません。一方、Cosmos(Transfer)は元の画像・動画をマルチモーダル解析で要素ごとにセグメントを分け、奥行きなどの情報も取り込んだ上で生成するため、変更箇所をコントロールしやすく、より精度の高い作業ができ、非常に有効なツールだと感じています。
例えば、塗装面の不良を画像で検査するAIを考えてみましょう。このような外観検査AIには良品・不良品の画像データを学習させる必要がありますが、日本の製造業は高品質なあまり、不具合データを用意しづらく、AIの精度が上がらないことが課題になっています。Cosmosでは、実際に不具合のあった画像データを解析し、デジタルでリアルな質感を再現した不具合データを大量に生成できます。これらを学習データに紛れ込ませれば、AIの検出精度を上げられます。
NVIDIA Cosmosで「教師データ」を仮想空間に大量生成し、フィジカルAIをトレーニング(出典NVIDIA)
Omniverse / Isaac Sim / Cosmosを活用し、SCSKではロボットアームで小さなパーツを掴む作業をテーマに実証実験を行っています。まずリアルなロボットの動きをデジタルに移植し、次の段階としてパーツの位置を変えてもロボットが掴めるよう作り込んでいる最中です。位置のバリエーションをOmniverseで作り込み、模倣学習・強化学習のための教師データをCosmosで大量に生成し、フィジカルAIをトレーニングすることを繰り返します。
辻 現在はパーツの位置を変えた動画を元に、光のあたり方や作業台の色、素材を変えたものをCosmosで生成し、フィジカルAIのトレーニングを進めています。素材が金属からプラスチックに替わるだけでもロボットはパーツを認識できないため、バリエーション展開を繰り返すことで認識精度を上げています。このほか、MRゴーグルを使って人のモーションデータをデジタルツイン上に記録して、ロボットのトレーニングに活用するための検証も進めています。

人の動作を記録しロボットの訓練データとして活用(SCSKのオフィスで動作検証)
谷澤 取り組むテーマ選びも重要で素材が柔らかすぎるものや形が複雑なものは難しいなど、実現可能なテーマを見つけるのに時間がかかりました。
はじめに「ラインの周辺作業からフィジカルAIに任せるようになるのでは」という話もありましたが、ロボットに何をやらせるかをしっかり決めることも重要です。
吉田 検証の進捗を聞き、フィジカルAIの実現はそう遠くないと感じています。今では、近い将来、必ず実現できるという確信に変わりました。

SCSKは仮想空間での学習データ生成・検証の次段階として、実機を使った実証実験を2社と共同で開始しました。1社は、効率的な推論・学習処理を可能にする高度なAI基盤を持つネットワンシステムズ株式会社。もう1社は、ヒューマノイドロボットなどの各種ロボットや模倣学習・深層強化学習に知見を持つTechShare株式会社。3社の協業によってデータ不足を解決し、生産現場へのフィジカルAI実装につなげていきます。
谷澤 3社で協業し、まずは技術的な課題のクリアから始めていますが、今後は違った課題も発生するでしょう。「産業ロボットは危険」「フィジカルAIならば安全」ということはなく、安全面を技術的にどうクリアするかも問題です。また、「フィジカルAIによって製品品質に問題が出たら、だれが責任を取るのか」といった問題もありますが、現状、関連する法整備も進んでいません。日本は特に安全面の対策が強く求められるため、影響が少ないところから導入が進むのではないでしょうか。そういった際にも、今回の検証で得られた知見を活かし、生産現場へのフィジカルAI導入を支援できればと思います。
吉田 SCSKは各種NVIDIAソリューションのライセンスだけでなく、それらを動かすHPCなど、必要な環境まで含めて提供可能です。しかし、環境さえ構築すれば使えるものではありません。そこで今回の実証実験で得られた知見を活かし、お客様と一緒に課題を解決し、フィジカルAIの構築までを一貫したサービスとして提供できればと考えています。
将来的には、フィジカルAIに必要なセキュリティやネットワークの導入も進めていきます。そして、現在のフィジカルAIは、いわばロボット単体の”脳“として機能していますが、ERPの生産計画やMESの生産情報など、工場全体のさまざまなデータを取り込むことで、工場全体を司る“脳”の実現を目指したいと考えています。
【プレスリリース】SCSK、ネットワンシステムズ、TechShareの3社、NVIDIA技術を活用したフィジカルAIの協業を開始
※こちらの記事は2026年2月時点の内容です