Q2B 2025 Tokyoイベントレポート~量子コンピューティングの最前線!2030年には日本の1,000万人がユーザーに?~
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近年、ニュースやメディアなどで「量子コンピュータ」という言葉を耳にする機会が増えてきました。量子コンピュータは、従来のコンピュータとは比べものにならない計算能力を秘めた、最先端のテクノロジーです。例えば、世界最速のスーパーコンピュータ(HPC)でも何万年もかかるような計算を、わずか数分で終えてしまう可能性を持っています。
本記事では、専門知識がなくても量子コンピュータの基本が分かるように、その仕組みから従来のコンピュータとの違い、実用化に向けた課題や応用事例までをわかりやすく解説します。
【監修者】星 雅人(ほし まさと)

SCSK株式会社 ITインフラサービス事業グループ統括本部
事業開発部 技術開発課 課長
【経歴】
AI/MLサービスの立ち上げ・顧客導入支援、製造業向け物理シミュレーション(CAE)を活用したデジタルエンジニアリングサービス提供および先端技術の市場調査および技術評価業務に従事
【直近の講演実績】
目次

量子コンピュータは、原子や電子といった極めて小さな世界の物理法則である「量子力学」の原理を使って計算を行います。従来のコンピュータが「0」か「1」のどちらか一つの状態で情報を処理するのに対し、量子コンピュータは「0であり、かつ1でもある」という不思議な状態を利用します。これにより、無数の計算を同時に、並行して実行できるのです。
量子コンピュータの研究が世界的に注目を集めるきっかけとなったのが、2019年のGoogleによる発表です。自社開発の量子プロセッサ「Sycamore」が、当時世界最速のスーパーコンピュータで約1万年かかるとされる計算を、わずか200秒で完了したと発表しました(※1)。これは、特定の条件下で量子コンピュータが従来のコンピュータの能力を超えた「量子超越」を達成した歴史的な瞬間でした。この出来事を機に、世界中の国や企業が量子コンピュータの実用化に向けて開発競争を加速させています。
量子コンピュータの国内外の最新トレンド、市場・技術動向については、こちらの記事もご覧ください。
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量子コンピュータの特徴を理解するには、私たちが普段使っているパソコンやスマートフォン、HPC、スーパーコンピュータ(これらを総称して「古典コンピュータ」と呼びます)との違いを知ることが重要です。最大の違いは、情報を扱う最小単位にあります。
古典コンピュータが情報の最小単位としてビット(Bit)を扱うのに対し、量子コンピュータは、量子ビット(Qubit)を使用します。それぞれ扱う情報単位が全く異なるため、計算のプロセスも違うものになってきます。
| 項目 | 古典コンピュータ(ビット) | 量子コンピュータ(量子ビット) |
|---|---|---|
| 状態 | 「0」または「1」 | 「0」と「1」を同時に持つ |
| 計算方法 | 一つずつ順番に計算(逐次処理) | 複数の計算を同時に実行(並列処理) |
| 能力の伸び | ビット数に比例して線形的に増加 | 量子ビット数に対して指数関数的に増加 |
量子ビットの最大の特徴が「重ね合わせ」です。これは、1つの量子ビットが「0」と「1」の状態を同時に持つことができる現象を指します。まるで空中で回転しているコインが、落ちてくるまで表と裏の両方の可能性を持っているような状態です。この性質により、N個の量子ビットがあれば、2のN乗通りの計算を同時に実行できます。
例えば、0と1のみからなる、3桁の数字のパスワードを解読する処理を考えてみましょう。具体的には、「000、001、010、011、100、101、110、111」の8通りのパスワード候補が存在します。
古典コンピュータは一度の計算で一つの状態しか扱えません。「000」を試し、失敗なら「001」を試し、次は「010」…という風に、正解が出るまでひたすら処理を繰り返します。この場合、運が悪いと最大で8回の計算ステップが必要になります。
一方、量子コンピュータでは、この「重ね合わせ」を利用して、000から111までの8通りすべてが重なり合った「1つの状態」を用意します。この「すべての可能性が含んだ状態」に対して計算を行うと、たった一度の操作ですべてのパターンに同時に計算処理が反映されます。
ただし、計算直後の状態は確率がバラバラなため、そのまま観測すると8通りの答えからランダムに一つが出てくるだけになってしまいます。そこで、最後に「正解の状態が観測される確率だけを強め、不正解の確率を打ち消す」という特殊な操作を行います。これにより、最終的には正解だけが高確率で観測できるようになります。
つまり、量子コンピュータは
ことで、膨大な候補から効率よく正解を導き出すことが可能になるのです。
もう一つの重要な性質が「量子もつれ」です。これは、複数の量子ビットがペアになり、一方の状態が確定すると、もう一方の状態がどれだけ離れていても瞬時に確定するという、不思議な相関関係を指します。例えば2枚のコインが量子もつれの状態にあるとします。コインAとコインBは、観測するまでどちらも表か裏かわかりません。しかし、コインAを見て「表」だとわかった瞬間、どれだけ距離が離れていても、コインBは瞬時に「裏」であると確定します。
量子もつれでは片方の状態を知った瞬間にもう片方の状態が決まり、情報が瞬時に伝わったように見えます。光速を超える通信ができるわけではありませんが、この量子ビット間の強い結びつきを利用することで、個々の量子ビットが独立して動くよりも、はるかに複雑で効率的な情報処理が可能になります。
情報を処理する単位の違いは、計算プロセスそのものに大きな差をもたらします。上記のように、量子コンピュータは、その膨大な並列計算能力によって、無数の選択肢の中から最適な答えを見つけ出すような問題において古典コンピュータを凌ぐ能力を発揮します。具体的には、配送ルートや新薬開発のための分子シミュレーション、機械学習などが代表例です。
一方で、量子コンピュータは構造上エラーが発生しやすく、日常的な処理や高い信頼性が求められる業務など古典コンピュータが得意な計算も多く存在します。そのため、現在は量子コンピュータとHPC(古典コンピュータ)を併用する形が一般的です。
HPCと量子コンピュータを併用する事例について詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
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一口に量子コンピュータと言っても、その計算方式によっていくつかの種類が存在します。
現在、研究開発が進められている主な方式は「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」の2つです。それぞれの方式には特徴があり、得意とする問題の種類も異なります。
| 方式 | 量子アニーリング方式 | 量子ゲート方式 |
|---|---|---|
| 特徴 | 量子効果を利用して、エネルギーが最も低い安定状態(=最適解)を探索する | 古典コンピュータの論理ゲートのように、量子ゲートを組み合わせて様々な計算(アルゴリズム)を実行できる |
| 得意なこと |
|
|
量子アニーリング方式は、膨大な選択肢の中から最適な組み合わせを見つける「組合せ最適化問題」に特化した手法です。1998年に東京工業大学の西森教授らが提案し(※2)、2011年にはカナダのD-Wave社が「世界初の商用量子コンピュータ」として商品化(※3)したことで注目されました。この方式は、「量子ゆらぎ」と呼ばれる量子の不確定性による状態の揺れを利用します。最初は量子ゆらぎを強くしておき、それを制御しながら基底状態(最も安定した状態)に収束させると、それが最適解となります。
例えば、「どのルートで配送すれば最も効率的か」「どの株を組み合わせればリスクを最小化し、リターンを最大化できるか」といった課題を高速に解くことができます。量子アニーリングは、汎用性はありませんが、すでに物流などの産業分野で活用が始まっている計算方式です。
量子ゲート方式は、様々な種類の計算に応用できる「汎用型」のコンピュータです。古典コンピュータがANDやORといった論理ゲートを組み合わせて計算を行うように、量子ゲート方式は「量子ゲート」と呼ばれる操作を量子ビットに施します。XゲートやHゲート、CNOTゲートなどの量子ゲートを用いて量子重ね合わせや量子もつれといった量子の性質を利用し、演算します。
将来的に、暗号解読や創薬シミュレーションなど、幅広い分野での活躍が期待されており、その汎用性から現在多くの企業や研究機関がこの方式の開発に注力している分野です。
量子コンピュータは、「量子をどう扱うか」「量子ビットをどう実現するか」によっていくつかの種類に分けられます。それぞれに特徴や課題があり、世界中の企業や研究機関が開発を進めています。
| 方式 | 仕組み | 特徴 |
|---|---|---|
| 超電導方式 | 特別な金属を絶対零度まで冷やし、電気が抵抗なく流れる「超電導」を利用して量子ビットを実現する |
|
| イオントラップ型 | 原子から電子を1つ抜き、帯電した「イオン」を宙に浮かせ、レーザーで操作して量子ビットにする |
|
| 冷却原子型 (中性原子型) |
原子(中性原子)をレーザー光で冷却して操作し、量子ビットとして扱う |
|
| 半導体型 | シリコンチップの中に電子を閉じ込めて量子ビットとして扱う |
|
| 光子型 | 光(光子)を量子ビットとして利用 |
|

では、量子コンピュータは具体的に私たちの社会やビジネスにどのような変化をもたらすのでしょうか。ここでは、量子コンピュータの主な活用事例について説明します。
「どのトラックがどのルートで荷物を運べば、全体のコストと時間が最小になるか」といった問題は、選択肢が爆発的に増える組合せ最適化問題の典型例です。量子アニーリング方式のコンピュータは、こうした問題の解決を得意としています。
物流網や交通システムの全体最適化が実現すれば、輸送コストの大幅な削減や、都市部の交通渋滞の解消、さらには環境負荷の低減にも繋がります。
量子コンピュータを活用した分子モデリング(原子や分子の構造や性質をコンピュータ上で再現し、シミュレーションする技術)による新素材開発が加速し、高性能製品の効率的な生産が可能になります。さらに、生産ラインやロボットのスケジューリング最適化、複雑なサプライチェーン管理の精度向上により、コスト削減と持続可能性を実現します。
特に自動車業界では、電池材料の量子化学計算による高性能バッテリー開発、CAE解析の高速化、自動運転技術の進化など様々な分野で活用が期待されています。
自動車業界の事例について詳しく知りたい方はこちらの記事もご覧ください。
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量子コンピュータは、分子や原子の振る舞いを正確にシミュレーションする能力に長けています。これにより、新薬の候補となる化合物の効果や副作用を、実際に実験することなくコンピュータ上で予測できるようになります。
古典コンピュータで何年もかかっていた創薬プロセスが劇的に短縮され、難病の治療法や新たなパンデミックへの迅速な対応が可能になると期待されています。
金融の世界では、無数の金融商品の組み合わせから最適なポートフォリオを組んだり、複雑な市場の変動リスクを評価したりするために、膨大な計算が行われています。量子コンピュータは、これらの計算を瞬時に行うことで、より正確な市場予測やリスク管理を可能にします。
これにより、金融市場の安定化に貢献するだけでなく、これまでになかった革新的な金融サービスの登場も期待されます。
AIの性能は、大量のデータを学習する機械学習アルゴリズムによって支えられていますが、その計算量は増大し続け、古典コンピュータの性能がボトルネックとなっています。量子コンピュータは、この機械学習の計算を高速化し、AIの能力を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。
「量子機械学習」と呼ばれる新しい分野では、従来のAIでは発見できなかった複雑なデータの相関関係を見つけ出し、より高度な画像認識や自然言語処理が実現すると考えられています。

量子コンピュータは大きな可能性を秘めていますが、その能力を誰もが自由に活用できるようになるまでには、まだいくつかの技術的なハードルが存在します。
量子コンピュータの実用化に向けた大きな壁は、量子ビットの「繊細さ」と、それを維持するための極端な環境条件です。
現在量子コンピュータは、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)と呼ばれる段階にあります。これは「ノイズを含む中規模量子コンピュータ」という意味で、数十~数百量子ビットを搭載しているものの、エラー訂正機能がなく、計算精度や規模に制限がある状態です。
この背景には、量子ビットが外部ノイズに非常に弱いという特性があります。わずかな熱や電磁波で量子状態が崩れる「デコヒーレンス」が発生し、計算結果に誤りが生じます。これを防ぐには、リアルタイムでエラーを検出・訂正する高度な技術が不可欠です。
さらに、量子コンピュータの種類によっては(超電導方式など)、絶対零度に近い極低温での動作が必要であり、大型で高価な冷却装置や複雑な制御システムが求められます。こうした安定性と環境要件の両立が、量子コンピュータ開発の核心的な課題となっています。
しかし近年、この課題を克服するために「誤り耐性量子コンピュータ(FTQC:Fault-Tolerant Quantum Computer)」の研究が急速に進んでいます。これは、複数の物理量子ビットを組み合わせて1つの論理量子ビットを構成し、エラーを自動的に検出・訂正する仕組みを備えた次世代型です。各社2030年前後には、100論理ビット規模の誤り耐性量子コンピュータが登場すると見込んでおり、量子超越を安定的に実現できる時代が近づいています。
複雑な問題を解くためには、多数の量子ビットを連携させて動作させる必要があります。実用的な誤り訂正機能を備えた汎用量子コンピュータには、数百万個の物理量子ビットが必要になると言われています。
しかし、量子ビットの数を増やせば増やすほど、それらを精密に制御することが難しくなり、量子ビット間の干渉によるノイズも増大します。このスケーラビリティの課題をどう克服するかが、開発競争の鍵を握っています。

現在のインターネットの安全性を支える暗号技術が、将来的に量子コンピュータによって無力化される危険性が指摘されています。
私たちが普段利用しているインターネットバンキングやオンラインショッピングなどの通信は、「公開鍵暗号」という技術で保護されています。この暗号の安全性は、「非常に大きな数字の素因数分解は、スーパーコンピュータを使っても天文学的な時間がかかる」という数学的な困難性に基づいています。
しかし、1994年に考案された「ショアのアルゴリズム」を量子コンピュータで実行すると、この素因数分解を極めて高速に解けることが理論的に証明されています(※4)。大規模な量子コンピュータが実現すれば、現在の暗号は瞬時に解読され、金融取引の記録や個人のプライバシーが危険に晒される恐れがあるのです。
この新たな脅威に対抗するため、世界中で研究が進められているのが「耐量子暗号(Post-Quantum Cryptography, PQC)」です。これは、量子コンピュータを使っても解読が困難な、新しい計算問題に基づいた次世代の暗号技術です。
政府機関や金融機関、IT企業などは、量子コンピュータの脅威が現実のものとなる前に、既存のシステムをPQCへと移行させる「暗号の移行」に向けた準備を進めています。

この記事では、量子コンピュータの基本的な仕組みから、私たちの社会にもたらす可能性、そして乗り越えるべき課題までを解説してきました。最後に、ポイントを振り返ります。
量子コンピュータは、人類が直面する複雑な課題を解決し、社会をより良い方向へ導く大きな可能性を秘めたテクノロジーです。技術的な課題はまだ多く残されていますが、その実用化は着実に進んでいます。
SCSKでも、量子コンピュータの実用化に向けて研究・開発を進めています。2024年11月には、量子コンピュータのアルゴリズム・ソフトウェアの研究開発を行うQuemix社と資本業務契約を締結。特に材料開発分野での量子技術活用を加速し、量子コンピューティングと既存ITの融合による新しい価値創出に取り組んでいます。
SCSKとQuemixの量子コンピューティングにおける取組についてはこちらもご覧ください。
SCSKとQuemixが量子コンピュータの社会実装に向けた研究開発の加速を目的に資本業務提携を締結(SCSKプレスリリース)
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A. 量子コンピュータは、量子力学の原理を使って計算する次世代コンピュータです。従来のコンピュータが「0」か「1」で情報を扱うのに対し、量子コンピュータは「0と1を同時に持つ状態(重ね合わせ)」を利用し、膨大な計算を並列で処理できます。ただし、本格的な実用化には、量子ビットの安定性やスケーラビリティなど、まだいくつか技術的なハードルも存在します。
A. 実用化のタイミングは「どんな問題を解くか」によって異なります。すでに物流や金融の最適化などでは、量子アニーリング型コンピュータが使われ始めています。ただし、現在の量子コンピュータ(NISQ)はエラー訂正機能がなく、扱える問題規模に制限があります。専門家の予測では、誤り訂正型の量子ゲート方式(FTQC)が2030年頃に登場し、その後、数百万量子ビット規模の大規模機が期待されています。
※1 Quantum supremacy using a programmable superconducting processor | Nature
※2 東京工業大学 Science Tokyo(研究ストーリー)
※3 D-Wave Announces Commercially Available Quantum Computer
※4 Algorithms for quantum computation: discrete logarithms and factoring - Foundations of Computer Science, 1994 Proceedings., 35th Annual Symposium on