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なぜ今、フロンティアAIがサイバーセキュリティの前提を変えるのか


                                                                        frontierai1_article.webp

フロンティアAI――この言葉を聞いて、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。日本経済がアメリカに追いつこうと成長していた時期に10代を過ごした私にとって、フロンティア(frontier)は、アメリカの西部開拓における「開拓の最前線」を連想させる言葉です。未知の領域を切り開こうとする「フロンティア精神」という言葉にもなじみがあります。こうしたイメージから私はフロンティアAIを、人類がまだ足を踏み入れていない領域を切り開く最先端のAIだと捉えています。一方、メディアなどでは、その高い能力に伴う深刻なリスクと結びつけてこの言葉が用いられている場面が多く見られます。AIの急速な進化に社会が対応しきれていないのではないか、という懸念が強まった2023年以降、その危険性を警告する文脈で使われる機会が増えたためだと私は考えています。

そこでこの連載では、フロンティアAIを「大きな可能性とリスクを併せ持つ最新のAI」と捉え、SIer企業のCSIRT運営に責任を持つ立場から見える景色を、セキュリティの専門家ではない方々にもできるだけわかりやすくお伝えしたいと思います。

さて、2026年5月から6月にかけて、AIによるサイバーセキュリティ上の脅威の高まりを受けて、日米の当局が相次いで動きました。米国は連邦民間行政機関を対象に、脆弱性への対応期限を見直し、リスクに応じた迅速な対応を求める指令を出しました。日本では国家サイバー統括室が政府全体のサイバーセキュリティ対策パッケージとして「Project YATA-Shield」を公表し、続いて金融庁と日本銀行が、サイバー攻撃への備えに経営層が直接関与するよう、金融機関などに要請しています。

フロンティアAIによって脆弱性を見つける能力が高まるなか、見つかった脆弱性への対応時間が、これまで以上に重要な課題になっています。今回は、この間の出来事をCSIRTを運営する立場からたどり、皆さんの組織の脆弱性対応を見直すための手がかりをお伝えします。

※フロンティアAI:最先端の高度な能力を持ち、幅広い課題に対応できるAI。本稿では、特に脆弱性の発見やサイバー攻撃・防御に関わる能力に注目します。

この記事を読んでわかること

  • AIによる脆弱性発見の増加で、迅速な対応がこれまで以上に重要に
  • 「Project Glasswing」により、1か月で深刻度が「高」・「重大」な脆弱性を1万件超検出
  • 米国は最短3日以内の対応期限を定め、日本は経営層の直接関与を要請
  • SCSK-CSIRTにもフロンティアAIによる攻撃と思われる被害速報が入り始めており、迅速なパッチ適用体制の整備が急務に
2026年4月から7月までに起きたこと

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【この記事を書いた人】
SCSK株式会社 情報セキュリティ管理部長/SCSK-CSIRT運営責任者
兼 SCSKセキュリティ株式会社 企画本部長
石川 光春

【この記事を書いた人】SCSK株式会社 情報セキュリティ管理部長/SCSK-CSIRT運営責任者 兼 SCSKセキュリティ株式会社 企画本部長 石川 光春

SCSKの情報セキュリティ管理部長として、自社のCSIRT運営に責任を持ち、その現場で得た知見をSCSKセキュリティの事業に還元している。SOC黎明期である2002年以降、セキュリティイベント、インシデントを統合監視するシステム(現在のSIEM)の輸入・構築・運用業務に関わり、金融機関、政府、大企業のSOC導入・インシデント対応プロジェクトを多数経験。

AIの何が変わったのか

AIの何が変わったのか

2026年4月、米国のAI企業Anthropicは、新しいAIモデル「Claude Mythos Preview」が長年見つかっていなかった脆弱性を発見したと公表しました。安全性を重視して開発されてきたOS「OpenBSD」では27年間、動画や音声の処理に広く使われるソフトウェア「FFmpeg」では16年間見つかっていなかった脆弱性です。長年使われてきたソフトウェアをフロンティアAIで検査すると、20年近く見つかっていなかった脆弱性まで当たり前のように出てくることを、私は重く受け止めています。

この背景には、AIの知識や推論、コードを理解する能力の向上があります。AIの知識と推論の力を測るベンチマーク(性能評価のための試験)に「MMLU」があります。この試験の人間の専門家の正答率は、89.8%ほどと推定されています。Googleは2023年12月、同社のAIモデル「Gemini Ultra」(現在の名称はGemini 1.0 Ultra)がこの水準を初めて上回ったと発表しました。評価方法によってスコアは変わるため、この結果だけでAIの実務能力全般が専門家を上回ったとはいえません。それでも、MMLUで専門家の推定正答率を上回るモデルが登場してから、まもなく3年が経とうとしています。

AIの知識と推論の力の推移

AIの学習に使う計算の規模も、桁違いに大きくなっています。AIの研究機関Epoch AIの推計では、最前線の大規模言語モデルの学習に使われる計算量は、2020年以降、年4~5倍のペースで増えてきました。2025年には、学習に使われた計算量が10の26乗FLOP(※)を超えると推定されるモデルも登場しました。この急速な計算量の増加が、そのまま同じ比率で能力の向上につながるわけではありませんが、私は、この学習規模の急拡大を、従来の常識を見直す必要があるほどの変化だと受け止めています。そして、こうして高まったAIの能力は、守る側だけでなく、攻撃者にも利用される可能性があります。

※FLOPは、浮動小数点演算の回数を表す単位で、10の26乗は、1の後ろにゼロが26個並ぶ数です。

AIの学習に使われた計算量の推移

AIの進化による変化は、論理的な推論やコード理解の高度化にとどまりません。人から指示を受けた後、複数の作業を自律的に進める能力も向上しています。Anthropicが公表した安全性評価では、人間が個別に指示していない行動を取った事例も報告されています。だからこそ、AIを業務に組み込む組織では、AIがどこにアクセス可能で、どこまでの権限を与えられ、どの段階で人の承認を必要とするかが重要になります。人が必要に応じて動作を止められる仕組みも含め、こうした設計によってリスクの大きさは変わります。

2026年4月から7月までに起きたこと

2026年4月から7月までに起きたこと

Anthropicは2026年4月7日、Claude Mythos Previewを発表し、このモデルを一般には提供しないと公表しました。同じ日に、限られた参加組織だけがこのモデルを使ってソフトウェアの脆弱性を探す枠組み「Project Glasswing」を立ち上げています。5月には、立ち上げ時の約50の参加組織が、最初の1か月で高・重大度の脆弱性を1万件超発見したことも公表しました。

4月7日には、モデルの能力と安全性評価の結果をまとめた技術文書(システムカード)もあわせて公表しています。そこには、評価のために用意された隔離環境の中で、初期版のMythos Previewが起こした出来事が記されています。初期版は、指示を受けてその環境から抜け出し、研究者への連絡にも成功しました。さらに、指示されていないのに、抜け出すのに使った手法の詳細を、複数の公開ウェブサイトに投稿しました。

その後、Anthropicは6月9日にClaude Fable 5とClaude Mythos 5を発表しました。しかし6月12日には、米商務省の輸出管理措置に対応して両モデルの提供を停止し、6月30日に措置が解除されると、7月1日にFable 5の提供を再開しています。

今後もMythos Previewと同じように脆弱性を見つける能力を持つAIは、次々に出てくると私は見ています。

※Mythos Previewの能力については、こちらの記事で詳しく取り上げています。
Claude Mythosとは?セキュリティ専門家が語るAI時代の脅威と企業が取るべき対策

見つかった脆弱性に、どれだけ速く対応できるか

見つかった脆弱性に、どれだけ速く対応できるか

AIによって、これまでとは比べものにならないほどの件数の脆弱性が見つかるようになると、その対処にも膨大な時間が必要になります。脆弱性への対応は主に、脆弱性の発見、開発元によるパッチ(脆弱性を修正するための更新プログラム)の公開、各企業でのパッチの適用、という3段階で進みます。

パッチが公開されると、利用企業が適用を進める一方で、攻撃者はその脆弱性を利用可能になります。つまり、パッチが公開されてから企業が適用を終えるまでの期間は、攻撃者にとっても狙い目となります。

AIを使った攻撃に備えるには、開発元はパッチの公開を、利用企業はパッチの適用を、それぞれ速める必要があります。ソフトウェアを開発する企業は、リリース前の検査で脆弱性を減らすことと、リリース後に見つかった脆弱性のパッチを速やかに公開することの両方が求められます。利用企業にとっては、公開されたパッチをすべて即座に適用できることが理想ですが、人手や時間の制約から、一度にすべてを適用できるとは限りません。その場合は、すでに攻撃に悪用されている脆弱性や、外部から直接攻撃を受けやすいシステムの脆弱性など、リスクの高いものへの対応を優先します。社外に公開しているウェブサイトや、社外から社内ネットワークに接続するためのVPN機器などは、特に優先度を見極める必要があります。

SCSKグループは、お客様に最適なセキュリティ戦略の立案~実行を支援いたします。脆弱性が見つかってから対応を終えるまでを、どれだけの速さで回せているかを整理したい方、フロンティアAI時代のセキュリティにお悩みの方は、まずはお気軽にご相談ください。

各国政府は、すでに具体的な対応を始めている

各国政府は、すでに具体的な対応を始めている

米国では、2026年6月2日に、先端AIの技術革新とセキュリティの推進を掲げる大統領令(第14409号)が出されました。6月10日には、米国のサイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)が、国防・情報機関などを除く連邦政府の機関に脆弱性への対応期限を義務づける運用指令「BOD 26-04」を出し、リスクに応じて最短3日からの段階別の期限を定めています。CISAは、AIによって脆弱性の発見と悪用が速まっていることを背景に挙げ、民間企業にもこの指令の採用を推奨しています。

6月22日(米国時間)には、ファイブアイズ(米・英・加・豪・NZの5か国)のサイバーセキュリティ機関の首脳が共同声明を発表し、フロンティアAIがサイバー攻撃と防御のあり方を根本から変えること、その変化が年単位ではなく月単位で進むことを警告しています。

日本では、5月18日に政府の関係省庁会議が、政府全体の対策パッケージ「Project YATA-Shield」を取りまとめ、重要インフラ事業者、政府機関、ソフトウェアの開発企業のそれぞれに注意を呼びかけました。5月22日には、金融庁と日本銀行が連名で、経営層が直接関与して短期的な対応に取り組むよう、金融機関などに要請しました。

今、顕在化した事実をどう受け止めるか

今、顕在化した事実をどう受け止めるか

2026年10月に入り、SCSK-CSIRTには、外部協力機関などからフロンティアAIによる攻撃と思われる被害速報が入り始めました。
だからといって、攻撃の顕在化が、変化の始まりというわけではありません。研究者や企業が見つけた脆弱性は、悪用を防ぐためにソフトウェアの開発元へ非公開で伝えられ、パッチの公開に合わせて、あるいは一定の期間をおいて公表する「責任ある開示」が広く行われています。そのため、AIによる発見が急増していても、ソフトウェア利用企業にパッチが届くまでには時間がかかっているのです。

一方で、攻撃者が見つけた脆弱性は開発元に知らされないため、パッチが出る前に悪用されることもあります。そのため、パッチが出る前の攻撃に気づくための監視と、これから増えるパッチを速く適用できる体制の両方を、早期に整えておくべきだと私は考えています。

CSIRTを運営する立場で私が必要だと感じているのは、各システムのオーナーに委ねられてきた脆弱性検査やパッチ適用を、組織全体で一貫して進めるための仕組みです。現状ではシステムによって対応の速さにばらつきがあるため、その改善に向けて、フロンティアAIの脅威に備えた脆弱性対応プロセスの整備を急ピッチで進める必要があります。
皆さんの組織では、脆弱性が見つかってから対応を終えるまでのプロセスを、どれだけ速く、どれだけ共通の基準に沿って進められているでしょうか。

今回は、世界で何が起き、各国政府がどう動いたのかを、守る側の視点からたどりました。次回は視点を攻撃者の側に移し、フロンティアAIが攻撃者に何をもたらしたのかを考えたいと思います。

連載のご案内

連載「FRONTIER AI」は全4回です。第2回以降では、攻撃者にとって何が変わったのか、企業に何が起きうるのか、何から手をつけるのかを、順に取り上げます。

参考情報

Anthropic「Project Glasswing」(2026年4月7日)
Anthropic「Claude Mythos Preview System Card」(2026年4月7日)
Anthropic「Project Glasswing: An initial update」(2026年5月22日)
Anthropic「Expanding Project Glasswing」(2026年6月2日)
Anthropic 声明「Claude Fable 5 / Claude Mythos 5の提供停止について」(2026年6月12日)
Al Jazeera「US lifts restrictions on powerful AI models Fable, Mythos, Anthropic says」(2026年7月1日)
Hendrycks et al.「Measuring Massive Multitask Language Understanding」(2020年9月7日)
Google「Introducing Gemini: our largest and most capable AI model」(2023年12月6日)
Gemini Team「Gemini: A Family of Highly Capable Multimodal Models」(2023年12月19日)
Epoch AI「Trends」(2026年2月更新)
Epoch AI「Training compute of frontier AI models grows by 4-5x per year」(2024年5月28日)
Epoch AI「Grok 3」(AIモデルのデータベース、2026年10月閲覧)
The White House「Promoting Advanced Artificial Intelligence Innovation and Security」(大統領令14409号、2026年6月2日)
CISA「BOD 26-04: Prioritizing Security Updates Based on Risk」(2026年6月10日)
NSA「Five Eyes Cyber Security Agencies Statement」(2026年6月22日)
内閣官房国家サイバー統括室「Project YATA-Shield」関係省庁会議資料(2026年5月18日)
金融庁・日本銀行「フロンティアAIによる脅威変化を踏まえた金融機関等の短期的な対応」に係る要請(2026年5月22日)
SCSK ITPNAVI「Claude Mythosとは?セキュリティ専門家が語るAI時代の脅威と企業が取るべき対策」(2026年7月31日)

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