NebulaShift®では、SCSKの新規事業である「SCSKのふるさと納税」の立上げと成長をアジャイル支援サービスを通じて共に盛り上げて来ました。今回の事例について事業立上げのストーリーと共にお伝えしていきます。
SCSK株式会社
産業事業グループ 産業・製造事業グループ統括本部
共創IT推進部 地域共創課 課長
プロダクトオーナー
遠藤 敦子 (右)
ITインフラサービス事業グループ ITインフラ・ソフトウェア事業本部
サーバ・ストレージ部 技術第二課
NebulaShift® アジャイルコーチ
尼子 恵理佳(左)
1. 新たな形のふるさと納税サービスの誕生
Q:「SCSKのふるさと納税」サービスについて、その特徴を教えてください。
遠藤: 私たちがリリースしたのは、従来の返礼品中心のふるさと納税とは異なる、教育機関への支援に特化した新しい形のふるさと納税プラットフォームです。ユーザーの皆さんが教育機関や学生の取組を支援できるプロジェクトを選んで寄付ができる仕組みになります。このプラットフォームは、クラウドファンディングのような仕組みを参考にしており、地域や大学に対する強いエネルギーをサービスとして提供することを目指しています。
Q:どのようなプロセスを経てプラットフォーム構築に至ったのでしょうか?
遠藤:最初のアイデアは2021年度のSCSK Innovation Proposal(※)という社会課題から新たなビジネスプランを考案する社内プログラムにて若手社員のチームから生まれました。そのチームから引き継いだ我々が仮説検証を行いながら軌道修正を繰り返し、小さなアイデアから多くの人を巻き込んで「現代の米百俵」を目指す事業へと育てていきました。
企画をブラッシュアップするためにいろいろな自治体・大学にインタビューさせてもらう中で、この取り組みに興味を持ってくれたのが北海道大学様と札幌市立大学様でした。現在、この2校で計10個のプロジェクトを掲載しています(2025年4月時点)。
また秋田市と市内の5大学ともサービス導入に向けた2025年3月に連携協定を締結し、今年中に秋田市へのふるさと納税という形で秋田市内にある5大学を応援できるようになる予定です。
※ SCSK Innovation Proposalの補足
新規事業開発を促進するため2018年度からスタートしたSCSKの制度で、与えられたテーマに対して社員(個人あるいはチーム)が独自の新規事業を提案してコンペティションを行い、採用されたアイデアを実際にビジネス化するという取り組み
2. アジャイル開発で進化するプロジェクト
Q:アジャイル開発を採用された理由を教えてください。
遠藤:私がいる部署ではこれまで0からサービスローンチした経験がなく、さらに「SCSKのふるさと納税」という新規ビジネスという中で全てが手探りの状態でした。仮説であるユーザーストーリー、運営方法、マーケティング戦略などに対し、あらゆる面で検証と改善を繰り返す必要がありました。そこで柔軟に素早く価値を提供するため、アジャイル開発、特にスクラムというフレームワークを本プロジェクトに取り入れました。
アジャイル開発なら小さくトライしてお客様にぶつけてみて、軌道修正しながら良いものを作りあげていくことができます。一方、従来のウォーターフォール開発では、最初に方針を決めたら最後まで一気に作り切らなければなりません。市場変動が激しい中で仮説が正しいか確認できないまま、結局価値のないものをつくってしまった、そんな不幸は避けたいなと。
特にチームはアジャイル未経験でマインドセットを理解していなかったので、単にアジャイル開発の進め方を知るだけでなく、チームビルディングから始めて徐々にアジャイルのマインドセットを身に付けられるようNebulaShiftによるアジャイルコーチングサービスをお願いしました。
Q:チームビルディングにおいて、どのようなアプローチを取られましたか?
尼子: メンバー全員がアジャイルを初めて実践するということで、アジャイルで最も重要な「経験から学ぶ」ということを導入初期から意識してチームビルディングを行っていきました。アジャイルではチームの経験を元に次の改善につなげることが重要です。それを体験してもらうために、紙飛行機を飛ばしてアジャイルを体験から学ぶワークショップを行いました。紙飛行機と聞くと、一見ソフトウェア開発と無関係に思われるかもしれませんが、「チームで動くとは、サイクルを回すとは、継続的改善とはどういうことなのか?」といった、アジャイルおよびスクラムのエッセンスを体感することができます。 さらにワーク中のメンバー同士での試行錯誤を通じて、徐々に一体感が出てくる様子が印象的でした。こうして体を動かしながら学ぶことで、単なる講義以上に楽しみながら、よりよい学びの深化と定着が促されます。
また、このワークショップの他にも、メンバーには認定スクラムマスター研修(※)も受講してもらいました。この研修によってチームが体系的に共通言語を獲得し、アジャイルの考え方やマインドを理解することができました。
※NebulaShift®ではScrum Inc.社と提携し、認定スクラムマスター研修をご提供することが可能です。
Q:その他、特に重視していたことはありますか?
尼子: チームメンバーの相互理解を深めることです。最初に各メンバーのことを深く知り、チームの心理的安全性を高めることに注力しました。具体的には、私がFacilitatorの資格を持つManagement3.0(※)の「パーソナルマップ」を使って普段の業務では見えない個人の背景や関心事を、コミュニケーションを通じて共有しました。新規参画メンバーの自己紹介では聞けなかった新たな一面や、2年間一緒に企画構想をしていたメンバーであっても意外な発見もあり、メンバー同士の距離がぐっと近くなったことでなんでも話せる間柄になっていったと思います。
※Management 3.0の補足
Management 3.0は、複雑なビジネス環境において、組織やチームを効果的にマネジメントするためのアジャイルなマネジメント手法・考え方の1つです。
従来の階層型組織に対するマネジメントに代わり、チームメンバーの自律を促進する環境をマネジメントすることで、より柔軟で効率的な自律分散型の組織を目指します。
そのために、メンバーのスキルアップやモチベーション向上のための取り組みなど、複数のマネジメントの観点から、実践的なアイデアやツールを提供しています。
Q:具体的にどのようにアジャイルで事業を進めていきましたか?
遠藤:アジャイル的な進め方をしながら、部分的にウォーターフォールを併用したハイブリッドなアプローチをとりました。ふるさと納税という性質上、法令順守などの観点から慎重な定義が必要な部分もありました。そこで、繰り返し行ったユーザーインタビューから集まった仮説を元に要件を固めた MVP(Minimum Viable Product:最低限の価値を届けるために必要な機能だけを備えた製品)までは、ある程度仕様を明確にしてウォーターフォールで開発しました。一方、プロダクト以外の事業化に向けた要望や課題はバックログ(プロダクトに必要なやるべきことが優先順に並べられた一覧)で見える化して、チームで共有しながら進めました。そうすることでセールスマーケティングからのフィードバックを開発側のバックログに反映し、逆に開発側からのフィードバックをセールスマーケティングのバックログに反映するプロセスが確立されました。
アジャイル開発というと、「開発プロセス」のみを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、アジャイルという考え方は他にも幅広く適用できました。例えば、日々会話をして状況変化を捉える、というアジャイルの考え方はウォーターフォール開発であったとしても活用できます。実際、ビジネス企画のメンバーと開発者はそのように活動し、常に相互対話を意識していました。
また、営業やマーケティングもアジャイルに仕事を進めています。お客様に対して紹介資料をまずは仮説で持ち込み、反応を得て改善する、このフィードバックサイクルを回し、お客様に響く資料を作りこむことができました。
尼子: お客様からのフィードバックを受けて、セールスマーケティングチームから開発チームへバックログを追加することもありました。それは、もちろん開発チームからセールスに対してもありました。メンバー一人ひとりが自分や自チームの成功だけでなく、開発やセールスの分け隔てなく全体的な視点で改善し、相互で協力し合っていました。
単にアジャイル・スクラムのプロセスだけでなく、その背景にあるマインドセットの醸成を重視していました。これによって新規事業という先が見えない難しいテーマにおいても柔軟に方向性を変えながらチーム運営ができていたと思います。
3. 困難を乗り越え、OneTeamへ
Q:新規事業を進める上での組織的課題は何でしたか?
遠藤:最大の課題は、複数の組織にまたがるチーム編成でした。理想は、ビジネス、デザイン、技術、セールス、マーケティングの専門家が一つの組織として機能することでした。しかし、現実には組織の壁があり、ワンチームとして組成するための調整に苦労しました。
Q:社内の理解を得るために、どのような工夫をされましたか?
遠藤:様々な部門の理解と協力を得るために、方法論ではなく、何故やるのか、どうなりたいのか、という前提を丁寧に説明し、共感を生むように推進しました。 社内だけでも10回以上はプレゼンテーションを行うことで、社内の様々な部門を巻き込むことに成功しました。
例えば、コーポレート部門の方々も、前例のない取り組みにも関わらず、「どうやったら実現できるか」という前向きな姿勢で支援してくれました。さらに意識していたのは、定期的な情報共有です。グループ会社の経営陣が集まる会議での報告を通じて、プロジェクトの進捗や課題を透明性高く共有しました。これにより、自組織のマネジメントや社内はもちろんのこと、弊社の地方拠点や様々なグループ企業からの支援も得ることができました。
Q:アジャイルで進める上でのチームの課題は何でしたか?
尼子:複雑な状況に適応しながらチームでプロダクトを作り上げるには、全員が同じ方向を向いて進むことができる「強いOne Team」を形成することが重要です。ビジネス、デザイン、技術、セールス、マーケティングなど、異なるバックグラウンドを持つメンバーの間ではお互いの価値観を理解することに時間がかかります。そのため当初は話し合いの中で意見がまとまらず衝突が起こり、お互い思っていることが言いづらいという場面も度々ありました。
Q:課題解決に向け、アジャイルコーチングでどのように対応しましたか?
尼子: チームがOne Teamになるために重視していたのは、各メンバーの多様性とビジョンの共有です。そこでManagement3.0の「価値観カード」を使って、各人の普段の価値観や「なぜこのプロジェクトに参加したいのか」という動機を可視化しました。単にビジネスを成功させるだけでなく、「AIを使った開発効率化を試したい」「お客様の仮説を検証してみたい」といったそれぞれが持つ異なる考えを尊重しながら進める重要性に気づいてもらいました。そうした価値観共有だけではただの仲良しチームで終わってしまいます。そこからチームが壁にぶつかった際にどう異なる価値観を受け入れて協力し、成長していくかがチームを強くする鍵だと思っています。
Q:「チームの成長」というお話がありましたが、さらにチームが成長するために具体的に取り組んだことは何でしょうか。
尼子:アジャイルでは組織のメンバーはフラットな関係性であり自律して動けることが重要になります。つまり、リーダーや上司に指示されたことを行うのではなく目標に向かってチーム自身が何をすべきか考えて動くということです。実際アジャイル支援を始めた当初、チームメンバーは自分たちで考えるのではなく、遠藤さんの指示を待っているような状況が生まれていました。
こうした事象はこのチームだけでなく、ご支援している他企業様にもよく起きるように見受けられており、多くの日本企業が抱える課題だと感じています。
この課題に対し、「権限委譲ポーカー」というツールも用いました。これは権限を委譲する/しないではなく、部下と上司の関わり方を7段階に分けて権限委譲を考えるというものです。ポーカーで実際に可視化しながら、どこまでは上司が指示するのか、どこまでは部下に任せるのか、といった権限委譲の範囲を明確化し、各メンバーが自信を持って判断できる領域を増やしていきました。
Q:これらのアジャイルコーチングを受けてみて、遠藤さんが感じたことはありますか?
遠藤:コーチはスクラム運営における専門家としてだけでなく、サーバントリーダー(※)としてチームを客観的に見て挑戦を支えてくれる存在だと感じました。特に認定研修のなかで講師から語られた「プロダクトオーナーは孤独だ」ということを改めて実感しました。その時に、 プロダクトオーナーのパートナーとして尼子さんにいろいろな相談に乗ってもらえて助かりました。プロダクトオーナーとは違う視点でプロジェクトやチームの全体を俯瞰し、客観的なアドバイスをしてくれる、コーチの存在に感謝しています。
※サーバントリーダーの補足
「リーダーである人は、まず相手に奉仕し、その後相手を導くものである」 というサーバントリーダーシップの考え方に基づき、奉仕や支援を通じて周囲から信頼を得て、主体的に協力してもらえる状況を作り出し、目標達成を目指すリーダーのこと。
4. アジャイル開発によって得た学びと気づき
Q:アジャイル開発を実際にやってみて、どんなところに学びがありましたか?
遠藤:もっとも痛感したのは、メンバー一人ひとりが自律することの大切さです。先ほど尼子さんも言っていましたが、経験豊富な上位者に頼ることなく、自身で考え行動する姿勢はアジャイル開発にとってかかせないものだと改めて感じました。上司やリーダーに聞いて従うのではなく、自ら思考し自分なりの仮説をもって検証まで実行できるようになる、というのは難しいことです。価値観を共有したり、権限委譲の考え方を学んだり、試行錯誤をしながら少しずつ進めたことで、より良いプロダクトの素早い提供につながったと考えています。
尼子: チームの自律には時間がかかります。アジャイル開発開始当初、チームのパフォーマンスがなかなか上がらず上層部がアジャイルについて懐疑的になり、取り組み自体をやめてしまうケースも少なくありません。これから徐々に成長していく段階でやめてしまうのは非常に惜しいと感じます。アジャイルの理解はチームだけでなく、上層部やリーダーの方にも必要だと考えています。加速していくチームを支えるマネジメントの文化を醸成していくためにも、ボトムアップのアプローチに加え、トップダウンでアジャイル組織を目指していくことも重要です。
5. リリース後の反響と未来への展望
Q:リリース後の反響はありましたか。
遠藤:リリースから1ヶ月という短期間で、目に見える成果を出すことができました。特に印象的だったのは、寄付金額以上に、応援コメントの質と量です。例えば、北海道大学のイノベーション教育の取り組みには、「若い世代が地域を変えていく力に期待している」といったコメントが多く寄せられました。また、札幌市立大学の芸術学部と看護学部の連携プロジェクトには、地域住民からの温かい応援メッセージが届いています。
Q:今後のビジョンについて教えてください。
遠藤:「SCSKのふるさと納税」に現在掲載されているプロジェクトには着々と寄付が集まっており、多数の応援コメントもついていて、サービスは順調です。今後はもっとたくさんの自治体(大学)に加わってもらい、応援したいと思ってもらえるプロジェクトを増やしていきたいと考えています。 さらにやっていきたいことは新たな価値の提供です。現在は「応援する側」と「される側」の関係が一方通行になっていますが、今後は双方向のコミュニケーションを可能にする機能を検討しています。
また今回の経験を振り返り、さらに効果的なアジャイル開発を実践できるよう働き方の改善も続けたいと考えています。特に、ユーザーフィードバックをより迅速に取り入れるための仕組み作りをコーチと協力して注力する予定です。
尼子: 教育機関を応援したい。この気持ちを高めてもらうために、プロジェクトの背景にあるストーリーを記事化することを計画しています。まずは「SCSKのふるさと納税」を知ってもらい、ストーリーに共感してもらって、応援団をどんどん増やしていきたいですね。
NebulaShiftのアジャイル支援導入を検討される企業様へ
NebulaShiftではお客様のビジネスニーズに合わせ、現状分析・コンサルティングからアジャイルの導入、マネジメント支援、開発チーム構築まで、様々なアジャイルソリューションを提供しております。
『SCSKのふるさと納税』のような新規事業だけでなく、様々なお客様組織の状況を踏まえたアジャイル導入実績もございます。お問い合わせをお待ちしております。