価値創出型ビジネスへの挑戦

「EneTrack」の
社会実装を実現させた、
3人とチームの熱狂。

「EneTrack」の社会実装を実現させた、3人とチームの熱狂。

サッカーで得点したフォワードばかりが目立ちがちなように、素晴らしい映画で主演俳優や監督がもてはやされるように。
企業の創発プロジェクトも、発案者ばかりが注目されがちだ。

しかし、前線までボールをつなぐボランチや映画の世界観を磨いた脇役や助監督が不可欠なように、アイデアを事業化へとつなげる実働部隊の活躍なしには、新規事業は決してカタチにならない。

2023年7月、SCSKがローンチした再エネ属性証書のプラットフォームオペレーターサービス『EneTrack』。同サービスは実働部隊となったチームの情熱と、そして「チェンジマネジメント」があったからこそ社会実装に至った。
その軌跡をキーパーソンを中心にたどる。

国際的なエネルギー属性証明のデファクトスタンダードに

国際的なエネルギー属性証明のデファクトスタンダードに

“I-REC”を、ご存知だろうか?

世界62ヵ国(2023年11月現在)で発行されているデジタルの再エネ属性証書で、RE100やCDPにも信頼性のある属性証書として認められた国際規格である。

脱炭素社会を目指すGX(グリーン・トランスフォーメーション)の必要性は高まる一方。グローバルで活動する企業は、世界標準のエネルギー属性証書がなければ、投資家や取引先との関係に支障をきたすほどだ。

こうしたニーズを、I-RECが満たす。

「どこでどのような手段で発電されたエネルギーか」細かな属性情報まで記録。しかもデジタルのトラッキングシステムによって、属性の登録や移転、償却まで証明できるからだ。

もっとも、I-RECの発行も移転も償却も、実際にやりとりすると煩雑で難しい。それらを一気通貫にWeb上で行えるようにしたプラットフォームが『EneTrack』だ。

しかもグローバルにみても数少ないI-RECの認定プラットフォームオペレーター。堅牢なシステムとセキュアな運用でブランド力を持つSCSKが、いつも以上にとがった形で立ち上げたサービスとも言える。

「そもそもは新規事業開発を目的にした社内コンテストから生まれたものなんです。だからこそ……」とGXセンターのEneTrack室長の直江友裕は言葉を続けた。

「すでに数社に興味をもっていただき、デファクトスタンダードに向け、一歩ずつ前進していることは誇らしい。新規事業のアイデアは鳴り物入りで生まれても、実際に事業としてスケールするのは稀ですからね」

社内ベンチャーが苦しむ理由。

『アイデアを形にするのは容易ではない――』。

直江が実感をこめて言うのは理由があった。

以前、自身がSCSK内で生まれる新規事業アイデアを事業化する際の後方支援チーム「事業化ガレージ」に在籍。そこでジレンマを抱えていたからだ。

SCSKに限った話ではない。社内ベンチャーで立ち上がった新規事業は、メンバーのモチベーションを維持するのはたやすくない。

理由は明らかだ。どうしても“現業ファースト”にしたくなる空気があるからだ。

「社内の優秀な人材であればあるほど、周囲は『売上利益が発生しない新規事業に割いてくれるな』と感じることすらありますからね」(直江)

資金調達の必要がないこともデメリットになった。事業開発に集中できる良さはあるが、ヒリヒリとしたプレッシャーがなく、「何がなんでもやりきる!」という推進力を弱めるわけだ。

2021年に社内公募で、事業化ガレージにエンジニア職からジョイン。主に新規事業の事業化支援の現場に立ってきた橋沼和子は、振り返って言う。

 
橋沼 和子
GXセンター EneTrack室
橋沼 和子

「新規事業に関わる方は優秀な方ばかり。しかし、長年、受託開発をしてきた会社だからか、ものづくりを先走ってしまう。誰が困っているか?解決に値する課題か?という視点が足りないのではと感じました」(橋沼)

橋沼はそもそも大学で事業構想を専門に学んだ人材。育休復帰の直後に、社内のコンサル的な資格であるビジネスクリエイター(BCR)を目指しつつ、「事業を構想する仕事に携わりたい!」と高い熱量で後方支援に関わることを決めていた。モチベーションのギャップに戸惑ったのは当然だろう。

アカウント営業職から「事業化ガレージ」に異動した玉木 まゆらも「同じ気持ちだった」と明かす。

玉木 まゆら
GXセンター EneTrack室
玉木 まゆら

「新規事業を立ち上げるチームに入り込んで伴走もしていましたが、主体者と支援者という立場から、双方やりにくさを感じる瞬間もありました」(玉木)

直江が当時の課題を歯に衣着せぬ言葉で、指摘する。

「要は新規事業の立ち上げに関わった社員のほとんどが、それぞれが持つ高い能力を発揮できなくなっていたんです。最も力を発揮すべき場所なのに、貧乏クジを引いたような雰囲気になっていて……」

そんな状況を変えるべく、チームは2つの「チェンジ」を実行する。

『EneTrack』を“自分ごと”に

1つめのチェンジは、マネジメントだった。

今が安定しているなら、その状況を変えるのに抵抗を覚えるのは当然だ。新規事業は、その安定を脅かす存在ともいえる。だから企業はチャレンジに否定的な感情が芽生え、消極的になる――。

それこそが安定した企業ほど、新規事業が生まれにくくなるメカニズムだ。SCSKの「事業化ガレージ」が抱える課題もそれだった。

そこで、まず『人は誰しも変革に抵抗を覚えるものだ』と変革に抵抗心が芽生えるメカニズムを周知徹底した。そのうえで『強い抵抗を感じるからこそ、やりとげたら、誰よりも自己成長できる』と伝え続けたのだ。

このしつこさが、効果を発揮する。

筋トレのように負荷が強いほど、力になるのは体験的には誰しも理解していること。しかし現実として、成果が見えづらい状況が続けば「このまま突き進んで大丈夫か」と不安になるものだ。そんなとき、何度も繰り返し、上長が「大変な道だからこそ、やりがいと自己成長が他の場所よりもうんとある」ブレなく伝えることは支えとなり、心理的安全性につながるからだ。

「節目節目のタイミングで、必ず上長から激励の言葉がありました。売上や利益はすぐに結果が出にくいが、やりがいや成長はどこよりも得られる。そう自然に思えるマインドセットが身についた気がします」(玉木)

『EneTrack』を自分ごとに
 
玉木 まゆら

同時に新規事業に向かうような人材は「BTC人材である必要がある」という認識もチームの約束事となった。BTC人材とは、営業的なビジネス構築力(Business)、技術理解力(Technology)、そしてユーザー視点でマーケティングにあたるクリエイティブ視点(Creative)の3領域をクロスファンクショナルに関与し、対応できる人材のことだ。

スタートアップなら当たり前だが、新たなサービスをローンチする組織にいたら『自分の仕事は営業だけ』とか『ここからここまで』なんて単機能では済まない。もっとも、職能を横断的に手掛ければ苦労は増えるが、リスキリングにもなるわけだ。

「ココだけの話、上長からは、『SCSKを出ていっても、どこでもやっていける人材に確実になれる』と伝えられていましたね(笑)」(玉木)

2つめのチェンジは「自分ごと化」だ。

軸足を「事業化ガレージ」という別チームに置いたまま、事業を支援しても、結局は他人ごとの意識が残る。

そこで支援する人材は、チームの中に入るように所属を変えた。直江を含めて、橋沼と玉木を事業化ガレージから離して、新規事業を手掛ける部署に異動させたのだ。いわば自分たちを実験体にしてチェンジマネジメントの有効性を実証しようと決めたのだ。

その実証の場が『EneTrack』の事業化だった。

2020年に開催された社内コンペ「みらい創造プログラム」で選出されたアイデア「環境価値流通サービス」が原点だ。発案者は高野元宏で、日本トラッキング協会代表理事で再生可能エネルギー経済学の第一人者である内藤克彦氏と、環境関連のコンサルタントとして業界の知見を持つ須谷良夫氏の2人を顧問に迎えて、事業化に向けて走り始めていた。

「最大10億円の予算に、3年間でサービスをローンチさせるのが条件でした」と言うのは、立ち上げ1年後の2021年4月から『EneTrack』チームに、入社3年目にしてジョインした塚越友香だ。

塚越 友香
GXセンター EneTrack室
塚越 友香

「しかし、ほぼ4名のチームで、エンジニアも営業のリーダーも足りない状態だったんです」(塚越)

2022年9月、『EneTrack』チームに加わった橋沼はシステム開発のリーダーの役割を、玉木は営業ユニットのリーダーを担った。

ただし「最初は戸惑いもあった」と2人とも口を揃える。

10冊になった玉木ノート

「BCRとしてコンサル的な仕事にシフトしようと考えていたので、ものづくりに戻るのに少し抵抗はありました」(橋沼)

「私も、『BCRの資格をとる!』と周囲に公言して、職種を営業職からBCRに変更しようとしていたタイミングだったので、また営業? と」(玉木)

しかし心配は杞憂だった。むしろコンサル的な視座の高さを持ったまま、ものづくりと営業にあたる。文字通りのBTC人材として2人はチームをリードしたからだ。

橋沼はすでに走り始めていた開発スタイルをウォーターフォールから、アジャイル開発のひとつ「スクラム開発」へ移行させた。

開発初期は『EneTrack』が国際的なエネルギー属性証明 I-RECにふさわしいプラットフォームか否かの、I-RECの規格財団に認定を受けなければならなかった。そのため、とにかくスピードを出せるウォーターフォールで開発をしていたが、『EneTrack』はこれまで無いプラットフォームである。実際に使うユーザーの要望を頻繁にすくい上げて、柔軟に仕様を変えていくアジャイル的な開発が不可欠と考えたからだ。

「ただエンジニアとしては開発手法を変えることは億劫だし、スクラム経験者もゼロだった。なので、マインドセットから変えていった」(橋沼)

10冊になった玉木ノート
 

具体的には社内のアジャイル推進部の手を借りて、エンジニアメンバー全員参加でワークショップを実施した。紙飛行機をつくって飛ばすことを計画・実行・振り返りのプロセスで繰り返し、たった数回で飛ばせた飛行機が倍増することを実感。「継続的なプロセス改善が成果につながる」ことを“体感”させるワークをした。

「もちろん私も参加して一緒にアジャイル・マインドを体感しました。開発チームをリードするときも、上から指示するようなことはせず、同じ目線で話し合って能動的に動いてもらうことを意識しています。毎回何度でも」(橋沼)

玉木は、かつてより難易度の高い営業力を強いられた。『EneTrack』を活用してくれそうな発電者、需要家企業の担当者など、電力事業や環境関連に明るい人たちと対峙。I-RECとは何か、これまでの認可制度と何が違うのか、と高い視座で伝える必要があったからだ。

「環境経営や電力事業について、とにかく日々勉強でした。だから営業ではなくヒアリングに伺っている感覚です。『教えてください!』が口癖になっていましたね」(玉木)

左から 内藤 克彦顧問、高野 元宏、須谷 良夫顧問

こうした熱は伝播するものだ。

ヒアリングを重ねて得た知識を毎日ノートにしたため、今では10冊にまでなった。ノートが巻を重ねるのと連動して、玉木の知識も発言も専門性と分厚さを増した。彼女の熱っぽい語り口と、確かに増えた知識は多くの協力者、パートナー企業をつくることにつながったからだ。チーム内の2人の顧問の存在も大きかったに違いない。

「内藤先生も須谷さんも、日本屈指の環境関連の専門家ですからね。事業リーダーの高野さんを含めて、本当に基礎的なところからいろいろ聞いてしまい、時にはしつこい!と思われたと思いますが、お陰様で業界が違うご担当の方々と、対等に対峙できるようになりました」(玉木)

厳しい現実に「ワクワクする」真意

塚越 友香

さらにチームの熱量をあげたのが、2人より先にジョインしていた塚越の存在だろう。入社動機が「ITで社会課題の解決に寄与したい」だった彼女にはそもそも前のめりになるプロジェクトだった。

すごいのは、前のめりな挑戦心が海を超えたことだ。

マーケティングチームの中でも、対外折衝ユニットに属する塚越は、アムステルダムで毎年開催される「REC Market Meeting」に参加。企業、発電者、NPOなどヨーロッパを中心に再生可能エネルギーの重要組織が集うこの国際会議で、『EneTrack』の名を存分に売り込んだのだ。

「『声をかけるリスト』を予め準備しておいて、現地で直接、声をかけまくりました。英語はあまり自信がありませんでした(笑)」(塚越)

海外だろうが、やはり熱は伝播する。

塚越は、リストの全員を会場で見つけ出し、全員に声がけ。中には、その後『EneTrack』のサポーターとして協力関係を結んだ組織も。海外とのリレーションは、彼女が切り開いたといっても過言ではない。

こうして3人の女性たちの熱狂ともいえる活躍で、『EneTrack』プロジェクトは形になっていった。2023年4月には「EneTrack室」の名を冠したチームとして正式に独立した。

このときのことを、直江は「忘れられない」と振り返る。

EneTrack室の船出と共にあらためてキックオフミーティングを行った。このとき定めたチームのミッションやバリューといったステートメントを発表。同時に「船出はしたが、これからが大変な航海だ」と釘を刺した後、「赤字からのスタートです」「売上成果をあげられるという保証がない中でのチャレンジになる」「厳しい戦いだぜ」とチームの身を引き締める意味で、焚きつけたという。

重苦しい空気を跳ね除けるように、すぐさま手を挙げて発言したのが、橋沼だった。

『ワクワクしますね!』

チームがざわつき、そして奮い立った。橋沼が笑いながら、言葉の真意を語る。

「あ、このプロジェクト、ちゃんと前に進んでいるんだなって思ったんです。机上の空論だったアイデアが、形になりはじめた。だから赤字でも、数字として結果が出ている。『ここからはじまるんだ!』と本気でワクワクしたんですよ」(橋沼)

7月のローンチを終えて、今は少しずつ認知度をあげ、支持者、利用者を増やしている段階だ。『EneTrack』がデファクトスタンダードになるのはまだ少し時間がかかるかもしれない。

けれど、しつこいようだが、熱は伝播するのだ。

ゼロから新規事業を形にした彼女たち3人と『EneTrack』室が、日本や世界の環境課題、エネルギー問題を着実に解決させていくだろう。玉木が屈託ない笑顔で言った。

「こんなワクワクする仕事、そう無いですよ」

集合写真

EneTrackチーム
(前列)左から 玉木 まゆら、橋沼 和子、塚越 友香
(後列)左から 須谷 良夫顧問、根本 悠佑、直江 友裕、永島 達也、高野 元宏、内藤 克彦顧問、西谷 友宏、津路 憲宏

※この記事は、2023年11月時点の内容です 国際的なエネルギー属性証明書「I-REC」の
取引プラットフォーム「EneTrack」
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