個人投資を伸び悩ませる
ボトルネックのひとつ。
米国の「TAMP」をご存知だろうか?
Turnkey Asset Management Platformの略で、文字通り「スイッチを入れる(ターンキー)だけで資産運用事業ができるプラットフォーム」のことだ。
保険・資産運用商品などを販売する各金融機関のサービスと網羅的に接続し、TAMPを介せば、個人それぞれの置かれた資産状況やライフスタイルに最適なポートフォリオを偏ることなく、しかも簡便に組むことができる。
TAMPの主なユーザーは日本でも徐々に耳にするようになってきたIFA(独立系金融アドバイザー)。TAMPが下支えするからこそ、彼らは個人投資家に中立公平なアドバイスができるわけだ。
「ところがIFAの必要性が叫ばれながら日本にはこのTAMPが無いに等しい状態だった。証券各社では、ほぼ自社の商品に限られた自前のポートフォリオ管理ツールしかなかったのです」と金融システム第五事業本部TAMP事業推進室第一課長の今村瑛介は言う。
知っての通り、日本は欧米に比べて株式や投資信託などリスク資産の割合が低い。一方で「老後には2,000万円は必要だ」と金融庁が警鐘を鳴らし、資産運用の必要性が叫ばれている。しかし家計の金融資産の52%を現金・預金が占め、株式や投資信託などリスク資産の割合は24%ほど。50%近い米国とは未だ雲泥の差だ。
「この状況に対して、我々が2021年6月にローンチする新規事業「日本版TAMP」を提供することで、IFAの方々の活躍の場を下支えし、日本人一人ひとりが自分にぴったりな資産ポートフォリオを組み、将来に備えられる社会をつくれる契機になればと考えています」と今村。
もっとも川を上ると、いさましいチャレンジは、今村のいる金融システム第五事業本部で当時直面したある危機に端を発す。
「2年かけた100億円規模の大型プロジェクトが白紙に戻った。あの4年前のショックが今の起点なんです」(今村)
2年間、止まっていた時計
見渡すと変革の予兆があった。
『A金融機関向け大型SIプロジェクト』。
2015年にキックオフしたそれは100人を超える人員が投入された大規模案件だった。
「証券領域のSI開発に強いという評価もあって獲得した案件でしたが、開始当初から上手く進まず、事前検討や要件定義だけでも2年以上かかった。そして2017年にようやく本格的な開発工程着手、という段で…」(今村)
プロジェクト中止――。
営業の主担当を担っていた今村自身、当時はこの大型案件のみに集中。それが誇らしくもあった。だから2017年6月、中止の知らせを聞くや「全身の力が抜けるのを感じた」という。
「うん。まったく同じ気持ちでしたよね」と明かすのは、同じ金融システム第五事業本部TAMP事業推進室第一課のエンジニアリーダー堀勝彦だ。
堀は米国の大学を出たあと入社し、一貫して証券システムのフロント、ミドルエンジニアとして活躍してきた人材だ。
「モチベーションのやり場があの日、消えた。モヤモヤとくすぶるものがどこかにあった」(堀)
それは金融システム第五事業本部の多くも共有する"くすぶり"だったに違いない。
だからこそ当時、本部長だった工藤敏晃と副本部長だった原武功成、石橋民男は打ち消すように、大きな声をあげた。
『皆でこれまでとは違う戦略で新しいサービスを企画しよう。アイデアを現場からぜひあげてほしい』
大きな転換の号令。それほど危機感を抱いた証左ともいえそうだ。
潮目も変わっていた。
「2年間、巨大なプロジェクトに集中していた間はあまり意識していなかったのですが、その間に実は業界の状況が大きく変わり始めていた。目を凝らせばフィンテックが普及し、新たなプレイヤーが証券領域に参加してくる兆候があった。基幹システムが柱だけでは事業収益が向上しない。プロジェクトの中止によって、そのあたりの危機感が現実味を帯びて『よし、本気で新しいコトを考えねば』という機運になりました」(今村)
では、どんな"新しいコト"を?
入社以来、証券業界を担当とする営業部に所属。基幹システム領域はもちろん、過去には自社の金融情報配信サービス「Market Viewer」の企画営業を担当してきた今村には、証券各社にネットワークがあった。各社にヒアリングしながら業界の動向を探ると、浮かびあがった潮流が2つ見えた。
アドバイザー需要の高まりと
プラットフォームの不在と。
1つは、前出のIFAに代表される「資産運用アドバイスソリューション」ニーズの高まりだ。
ネット金融が一般的になり、コモディティ化が進む中で、個人投資家などのエンドユーザーが求めるサービスは「適切なアドバイス」に移行しつつあった。そのトレンドをまずつかんだ。
Embedded Finance(組み込み型金融)の流れも大きい。通信大手や百貨店など金融以外の顧客基盤を有する企業が提供する新たな金融サービスのことだ。すでに顧客と強いエンゲージメントを持ち、細やかな顧客データを持つそれら企業にとって、新たな利便性の高いサービスを提供するメリットは多大だ。この新たなプレイヤー向けにアドバイスのニーズが増えるとも考えられるわけだ。
「決定打は金融庁が2017年にフィデューシャリー・デューティーの徹底をアナウンスしたこと。平たく言えば証券会社などの金融機関に顧客本位の業務運営を促した。具体的にはIFAのような独立系アドバイザーがこれから重要になる、と宣言したわけです。加えて兼ねてから地方銀行や保険代理店なども規制緩和で多彩な金融商品を扱えるようになった。このニーズが盛り上がる概況は確かだな。ただ…」(今村)
これから増えるであろうIFAのような金融アドバイザーと、各金融機関を結ぶプラットフォームがなかった。
まさにそれが2つ目につかんだ潮流。「金融機関と金融商品仲介業者を網羅的につなぐプラットフォームのニーズが予想されること」だ。
具体的にはオープンAPIでのプラットフォーム化を企画した。言うまでもなく、アプリ側のデータを他のシステムと連携させてオープンに使う仕組みだ。これによって金融商品仲介業者は各金融機関の商品情報やシミュレーションシステムをストレスなく連携して利用できるようになる。「効率性」と「中立性」を担保した顧客本位の金融サービスの世界が創出できるわけだ。
「今や当たり前になった独立系の生命保険アドバイザーと似たスタイルですよね。効率的で中立な立場だからこそ、顧客本位の的確なアドバイスができる」
もちろんこうした潮流は、今村だけがつかんでいたものではない。近接する競合他社も思い描いていたはずだ。
しかしSCSKには、少なくとも他社よりアドバンテージが一つあった。
「証券会社向けAPIの実績です。オープンにこそなっていませんが、証券会社の基幹システムを構築する中、クローズドのAPIは手掛けていましたからね。日本のSIer、フィンテック企業よりも、豊富な知見、信頼がすでにあった。その『わかっているSCSKがつくる金融プラットフォーム』は"強い引き"になると考えました」(今村)
事業化までを加速させた
「SIP」という名のエンジン。
『おもしろい!』
2018年3月、業界の流れを読んで、そして基幹システムで得たノウハウを活かしたうえで、プラットフォームの形でフロントサイドまでとる。
野心的な今村の企画を上長の工藤と原武、石橋はすぐさま支持した。彼らのネットワークにある金融系企業、アナリストなどにも声をかけ、連れ立ってヒアリングを実施していった。
「『顧客本位で』『長期運用を』と謳っている企業に絞ってうかがいました。同じビジョンを共有いただけるのではないかと考えたのです。ヒアリングを重ねれば重ねるほど、確信に変わっていきました」(今村)
しかし、いくら芽がありそうな新規事業のアイデアも、相応の規模の会社で事業化するのは簡単ではない。
何かもうひと押しとなる確信と、強い推進力が得られないか――。
思いが募ったところで、タイミングよく聞こえてきたのが「SCSK Innovation Proposal制度(SIP)」だった。SIPは、2018年度からスタートしたコンペ方式の事業提案制度。イノベーティブな新規事業アイデアを、事業部門内で募る、というものだ。
「前年度までは『イノワンコンテスト』の名で、個人やチームが自発的に事業アイデアを出すスタイルだった。しかし、その年から始まったSIPは実際の事業としてローンチさせることに主軸を置き、事業部門ごとに選出・推進することになった。また、現業と地続きの未来に新たな価値をもたらす新規事業アイデアであり、SCSKグループの経営理念「夢ある未来を、共に創る」につながる。なにより、事業化できればSCSKグループにとって大きな推進力になると感じて応募を決意しました」(今村)
狙いは的中した。
全社で1,000を超える企画が集まった中で、今村の提案した企画『リテール向け資産形成のためのプラットフォームビジネス』はSIP Awardを受賞。
「新たな事業を創出する企業文化の醸成に向けて、他の模範となる主体的な取り組みである」「時代の潮流を予測し既存ビジネスの延長線ではなく、新しい構想が練られている」「熱意を持ってリサーチ・マーケティングを進め、本質的な課題の探索をしている」ことが評価された。
SIP Awardを受賞したのが2019年2月。ここから徐々に加速度がつく。
まずは個人投資家とのネットワークを有する情報系企業とアライアンスを組むことにより、投資家ユーザーと、金融各社をつなげることで、瞬時に巨大なユーザー数を持つプラットフォームとして走り出そうと考えた。
「金融機関にとってはアライアンス先が抱えている投資家が潜在顧客となり、システムの下支えはSCSKがする座組は魅力的にうつったようで、『ぜひやってほしい』という声が集まった」(今村)
厳しい社内の投融資委員会にも話が通った。トップお墨付きの「SIP」がエンジンとなり、実現に向けて周りのサポートもより一層受けられたわけだ。
その予算をもとに、今村が向かったのが、TAMPの本場米国だった。
先述どおり、IFAが個人投資家と金融各社を結び、アドバイスしながら中立的にポートフォリオを組み、回す。そのスタイルが20年以上前から広がり始めた米国では、すでに金融機関から独立した立場で資産のアドバイスをする人材が30万人超いる(そのうちIFAは12万2,000人)。当然、彼らを支えるアドバイザーソリューション、具体的にはCRMもポートフォリオ管理もリスク分析も、高度なものが群雄割拠、乱立していたからだ。
「ちなみにIFAの数は米国の12万に対して日本は4,000人。アドバイザー・テックと言われるソリューションは皆無に等しいですからね。すでに磨かれた米国のアドバイザー・テック・ソリューションとアライアンスを組んで日本に持ち込む。それを我々がオープンAPIで組み込んでプラットフォームを構築するのがベストだと考え、米国へ。そして堀さんもジョインしていただくことに」(今村)
堀は米国の大学を卒業し、英語も堪能。日本の証券システムにも精通している。加えて、ことあるごとにエンジニアのリーダー的存在として今村とタッグを組んできた堀は、最高のパートナーだった。堀の中での"くすぶり"も最高の形で再燃した。
「新しい挑戦。しかも業界や国境を越えてプラットフォームをつくる。面白そう以外の感想はないですよ」(堀)
しかし、勢いづいたエンジンは、このあと一度、止まってしまう。
米国での不発、
アライアンスの消滅。
2019年9月。前年にパートナーシップ契約を結んだベンチャーキャピタル「Plug and Play」。同社がシリコンバレーで開催したアクセラレータープログラムに、今村と堀の姿があった。
すでに多数の個人資産家とつながった、金融プラットフォームをつくる。魅力的なお題に、何社ものアドバイザー・テックのスタートアップが手をあげ、コンタクトをとってきた。
ところが成果はゼロだった。
「目の前で各社『我々はこんなことができる!』と熱心にプレゼンしてくれた。けれど、その知識に私たちがついていけない。だから、それぞれの差が正直、わからなかった……」(堀)
20年先行している米国のアドバイザリーソリューションの厚みが、選ぶ側にも相応の目利きを求めたわけだ。何社かは帰国後もオンラインでやりとりしたが、すぐ途絶えてしまった。
追い打ちをかける事態も起きた。
2019年10月から年末にかけて、オンライン証券各社が、矢継ぎ早に「手数料無料化」に向けた取り組みを加速させたのだ。
取引手数料で稼ぐビジネスモデルから、的確な資産運用アドバイスでフィーを得るスタイルへの方向転換。先行して米国で始まっていた手数料無料化に追随していくことを、金融各社が高らかに宣言しはじめたわけだ。
「顧客本位の徹底に業界全体が流れ始め、不可逆的だった。それそのものは大歓迎です。ただ問題はプラットフォーム構築のファーストステップは、取引手数料のキャッシュバックでマネタイズするビジネスモデルだったので…」(今村)
事業化目前でプランの再考を余儀なくされ、あらためてアドバイザープラットフォームの形を探ることに。
ただ、それはポジティブな変化でもあった。
「このときに最初から構想していたIFA向けのプラットフォームの実現に一本化し、舵を切ったんです。手数料無料化で顧客重視の資産運用サービスに業界全体が力を入れることが明白になったなら、必ずや中立な独立系のアドバイザーの存在価値も高まることになる。自然と日本市場も米国のようにIFA型になる。IFA向けに使い勝手のいいプラットフォームにすべきだと、米国での提携先アドバイザー・テック企業のイメージが定まった」(今村)
2019年9月のリベンジでもあった。
「IFA向けで高いシェアを持ち」「オールインワンのソリューションを提供する」ベンダーをリストアップ。途中、2020年2月にサンディエゴでフィンテックのカンファレンスがあることを知った。そこにはリストアップした企業がずらりと並んでいた。
「運命的でしたよね。足を運ぶべきだと思ったそのカンファレンスの1週間前に、ちょうどシリコンバレーでまたPlug and Playのフィンテック向けアクセラレータープログラムがあった」
再起動したエンジンは、幸運までも回し始めたようだ。2020年2月2週目のアクセラレータープログラムに出る名目で、翌週のサンディエゴでのカンファレンスに足を伸ばす算段ができた。
2020年2月、こうして今村と堀は再び米国へ飛んだ。そこで、引き続き、幸運を味方につける。
幸運の女神が導いた
米国TAMP企業との出会い。
「本番は来週のサンディエゴだ…」
どこかでそう思っていた。Plug and Playでは、数社からソリューションの紹介を受けたものの、今村と堀が求めるサービスを提供できるベンダーとは出会えなかった。
そして翌週。まさに欲していたベンダーが揃うサンディエゴのカンファレンスに参戦。「渡米2度目の失敗はなしだ」と心中で反芻していた今村と堀の前に見たことのある女性が現れ、言った。
『先週、お話しましたよね!』
Plug and Playでプレゼンを受けた「ポートフォリオのリスク診断」に特化したソリューションを提供するスタートアップのCEOだった。
彼女の事業は「IFA向けでシェアが高く」「オールインワンの使い勝手がいい」と設定した2人の要望には合わなかったが、人脈はピタリとはまった。
「『OK。あなたたちが求めているベンダーが知人にいるの』と、あるCEOを紹介してくれたんです」(堀)
驚くことに2013年設立のまだ若いベンチャーにも関わらず、IFA向けのオールインワン・アドバイザーソリューションを展開する企業で、今村と堀がリストアップしていたお目当ての会社の1社であった。
「UIが極めて優れていて、『使っていて楽しくなる』という思想のもとデザインされていた。だから米国ではある顧客満足度調査で1位の会社だったんです。CEOはもともと日本市場に興味を持っていたわけではないけれど、話すうちにどんどん乗り気になってくれた」(堀)
日本市場がまだまだこれからのホワイトスペースであること。SCSKがすでに証券事業において基幹システムを担当する信頼と実績があること。革新的なオープンAPIによるアドバイザープラットフォームの青写真などを説明した。
「すると興味を持ち、共感してくれた。米国国内では後発だっただけに、それ以外の市場への意欲も強かったことも功を奏した。結局、トントン拍子で話が進んだ。いずれにしても本当に幸運なタイミングでした。それが2月。帰国した翌週には新型コロナウイルス感染症による影響で渡航もままならなくなり、米国は感染が拡大し、カンファレンスは軒並み中止になりました」と今村は、熱く語り上げた。
こうして米国のアドバイザーソリューションを日本版へローカライズ。金融機関の顧客情報の参照と注文発注等を行う「API接続基盤」をSCSKが独自開発し、そのソリューションと連携する形で、アドバイザー向けのプラットフォームをつくりあげることになった。
もっとも帰国後は収益化を担保する企画の詳細と、市場動向などを詰める地道な作業が待っていた。「新規事業」「外資のフィンテックベンチャーとの提携」「全く新しいビジネスモデル」とチャレンジが折り重なっているのだから、当然といえば当然だ。
「リスクに対して慎重にならざるを得ない社内の部門とも、『どうすればうまくいくか』と常に前進のための協議をしてもらえた。それはSIPという取組みを通じて、「本気でイノベーティブな事業を作り上げよう」とする会社の変革への機運が大きかったと感じますね」(今村)
一方、技術面でかの米国ベンダーとやりとりしている堀は「スピード」に驚いていた。
「ローカライズの部分は、彼らに手を動かしてもらうことが多い。ただ、とにかく早いんです。我々が半年掛かることを彼らは2週間~1か月でやる。そこには、意思決定の速さだったり、開発スキルの高さだったり、開発手法の違いだったり色々な要因があると思う。学べることは多いです。」(堀)
こうしてプラットフォームづくりを進めつつ、2021年6月のローンチを目指している。各々の持ち場での作業が続く。
彼らは、日本の個人資産運用の変わり目を築き上げているのだ。
金融システム事業部門 金融システム第五事業本部
前列右から/本部長 原武 功成 部門長 工藤 敏晃 副本部長 石橋 民男
後列右から/堀 勝彦 今村 瑛介 ※この記事は2021年3月時点の内容です 金融アドバイザーソリューション
「Advyzon」詳細ページへ