事例紹介 「ownCloud」活用で請求書の保存と共有を自動化 急増する業務負荷を大幅に軽減

事例紹介

大手サービス企業がオンラインストレージ「ownCloud」を採用 請求書のファイル保存と共有の自動化をカスタマイズで実現し法人契約の急増に伴う業務負荷を大幅に軽減

OSS活用ポイント

  • ・コストと開発自由度を考慮し、無償ライセンスと有償サポートの組み合わせを選択
  • ・カスタマイズ性の高さを活かして、サーバ間の同期やメール送信自動化の仕組みを構築
  • ・返信データ用フォルダー設定や監査ログ取得機能の実装、企業ロゴ表示のカスタマイズを実施
  • お客様の課題
  • OSS選定の経緯
  • OSSの活用ポイント
  • OSSの導入効果
  • OSSの専門家の見方

お客様の課題 多角的経営で法人契約が急増し、属人的な作業が業務を圧迫

SCSKは、システム開発からハード・ソフト販売に至るまで、自社の知的財産・IT資産をベースに、お客様のビジネスに求められるすべてのITサービスに付加価値を加えて提供できることが強みだ。しかし時として、お客様の運用状況により、商用のITシステム/ソリューションではフィットしない場合もある。今回は、そうしたデリケートな案件に、あえてオープンソースソフトウェア(OSS)を活用することで、無事にお客様の課題解決に結び付けた事例をご紹介する。

健康関連の複合事業を国内外100箇所以上の施設で展開する大手サービス会社(以下、A社とする)は、数年前にSCSKが会員管理システム(ESMS)の導入でサポートしたのを契機に、運用・保守などで信頼関係を深めつつあるお客様だ。

A社のビジネスは、この数年で多角的経営へシフトしたことをきっかけに、企業や団体などとの法人契約が急増し、今では会員数が数100社・団体にも及んでいる。毎月、法人会員向けに月ごとの施設利用実績に応じた請求書を印刷し、郵送や宅配便で送付したり、請求書のPDFをメールに添付して、法人会員の担当者宛に送信するなどしていたが、手作業のため、毎月3人のスタッフが丸3日間かかりきりになるといった業務負荷が課題となっていた。また、処理件数が膨大なため、今後の取引先が増えた場合に送信ミスや内容物の取り違えなどが発生する可能性がある。そうした場合、深刻な情報漏えい問題にも発展しかねず、サービス業として信頼性低下につながるリスクも懸念されていた。

SCSK株式会社 流通・メディアシステム 事業部門 流通システム 第一事業本部 システム第一部 第三課 課長 川口 泰弘

図1 (Before)従来のメール添付方式による請求書送信の手順

「A社は、できる限り早期に人の手を介さない仕組みの実現を望んでいました。そこで、SCSKとしてはA社と法人契約企業の間で請求書を安全かつ容易に共有できるツールの導入と、運用の自動化の提案を行ったのです」と語るのは、A社担当窓口のSCSK株式会社 流通・メディアシステム 事業部門 流通システム 第一事業本部 システム第一部 第三課 課長 川口 泰弘だ。

ファイル共有システムの導入やファイル自体を自動で配布するような仕組みをスクラッチ開発することも可能である。しかし、3人が3日かければできてしまう業務を、数千万ものコストをかけてまでシステム化することはあまり現実的ではない。人件費との兼ね合いを含め、市販のツールをうまく活用してリーズナブルに自動化を可能にすることが鍵となった。

図2 (After)ownCloudを活用した新たな請求明細書共有の仕組み「実績報告共有システム」

OSS選定の経緯 OSSのメリットとデメリットを事前に理解しておくことが導入の条件

「当初は一般に普及しているオンラインストレージサービスなども候補にしたのですが、手軽にファイル共有はできても、自動化までを実現するためには、システムとシステムを連携するAPIが公開されていなければ開発はできません。しかし、候補に挙げたオンラインストレージサービスはAPIを公開しておらず、カスタマイズも受け付けていないものばかりで選択肢にはなりませんでした」と川口は振り返る。

手詰まり感が広がる中、川口がふと目にしたのが、社内ポータルに掲載されていた社内向け勉強会の案内。そこには、“専用環境でセキュアなオンラインストレージが構築可能なOSS「ownCloud」の紹介”とある。OSSは、まだ検討していなかった。

SCSK R&Dセンター 技術戦略部 OSS戦略課では、社内外の技術者を対象とした「OSSユーザーのための勉強会」を定期的に開催しており、2015年7月にownCloudをテーマにしたセミナーを実施していた。その内容が、お客様の課題解決に活用できる可能性が高いと判断し、社内の営業/技術者に向けた勉強会を企画。そのセミナーや勉強会で講師を務めたのが、日本で唯一、ownCloudの公式代理店として認定されている株式会社スタイルズ(以下、スタイルズ)の技術者だった。同社はownCloudの導入やカスタマイズ、運用時のテクニカルサポートも手掛ける。川口は、社内勉強会の開催を待たず、すぐさまスタイルズに相談を持ちかけた。

ownCloudは、ファイル共有サービスを自社専用の環境に構築でき、ブラウザを使ったファイルの保管や、メンバー間でのファイル共有のほか、ファイルのアップロードをドラッグ&ドロップで行える直感的な操作性が特徴。OSSであるため、製品自体のライセンス費用は基本的に無料で(有償ライセンスもあり)、サーバOSもLinuxを使用するため、Apache(Webサーバ)やMySQL(データベース)、PHP(スクリプト)等のOSSも使って比較的安価かつ短期間に構築することができる。ストレージ容量やデータ使用量の制限もなく、アカウント数も無制限に登録が可能であることもポイントだ。また、ownCloudの拡張性やカスタマイズの高さも他にはない優位性として挙げられる。ソースコードが公開されているのはもちろんのことAPIも公開され、機能のひとつひとつがプラグインとして提供されている。スタイルズがカスタマイズの過程でプラグインを開発して組み込む例も少なくないという。

「A社にはownCloudが最適だと確信しましたが、OSSのメリットとデメリットの両面があることを事前にご理解いただくことが必要でした」と川口は打ち明ける。OSSのメリットとは、ライセンス費用が不要なためイニシャルコストが低く抑えられ、カスタマイズが自由に行えるので、機能の実現性が高いというメリットがある。一方のデメリットは、パッチ適用などは自己責任になるなど、安定運用への不安というリスクがつきまとう。その負の部分は、スタイルズのサポートを契約いただくことで大幅にカバーできると川口は考えた。
「幸いにも、A社にはOSSのリスクを十分にご理解いただき、ライセンス費用にコストをかけるよりは、サポートにコストをかけてデメリットのリスクヘッジを行うという前向きな選択を行っていただきました」(川口)

OSSの活用ポイント PDFのメール送信を全て廃止しPDFをダウンロードする仕組みに変更

2015年12月にownCloudの導入が決定。A社の場合、コストと開発自由度のバランスを考慮し、無償ライセンス版で、スタイルズによる有償サポートのある「ownCloudスタンダードエディション」が選択された。スタイルズはownCloudの国内総代理店であることから、経験と知見が抱負で、ownCloudの対応は安心して任せることができると川口は判断した。

その後、A社、SCSK、スタイルズによるカスタマイズ検討により、従来の紙による請求書の発送、PDFを添付したメール送信は全て廃止し、A社のお客様である法人会員側が請求明細書PDFをダウンロードして取得するという仕組みに大きく変更。わずか3ヶ月後の2016年2月に、「実績報告共有システム」という名称でownCloudを活用した新システムが正式にカットオーバーした。川口は、「これほどの短期間に、同期や自動化の仕組みの構築を可能にしたのは、スタイルズの技術支援によるところが大きかったといえるでしょう」と評価する。

実績報告共有システムにおける請求明細書発行の具体的な運用フローは以下の通り。

1)
基幹システムで作成した請求明細書PDFを指定のディレクトリ内に保存。
2)
ownCloudの同期機能により請求明細書PDFを法人会員ごとのフォルダーに保存。
3)
ownCloudのアクティビティ機能により、法人会員へ通知メールを送信。
4)
法人会員の担当者は、ownCloudにログインし、請求明細書PDFをダウンロード。
5)
請求明細の内容をチェックし、齟齬があった場合、法人会員側からアップロードが可能。

株式会社スタイルズ SIビジネスグループ SI第2チーム エバンジェリスト 矢野 哲朗

株式会社スタイルズ SIビジネスグループ 営業第1チーム サブリーダー 御須 正人

実績報告共有システムには、ownCloudによるオンラインストレージ機能のほかにも、さまざまな工夫や仕組みが取り入れられている。スタイルズ SIビジネスグループ SI第2チーム エバンジェリスト 矢野 哲朗は、「同期アプリ」について次のように説明する。
「ownCloudには同期機能が備わっているため、帳票作成システム内にある請求明細のPDFファイルをownCloudサーバに自動的に追加し、共有する形にしています。帳票作成システムはA社のネットワーク内にあり、請求書の出力はその範囲でしかできないため、一旦ネットワークの外に置かれているownCloudサーバに同期アプリによってコピーで追加することで、法人会員からのアクセスを可能にしているのです」

矢野は続けて「アクティビティ機能」も紹介する。
「アクティビティ機能は、自分の操作や同じグループに所属している人のownCloud上の操作履歴を表示し、メールで通知できる便利な機能です。今回のワークフローでは、請求明細書PDFがownCloudサーバにアップロードし、法人会員ごとのフォルダーに保存されたのをトリガーとして、法人会員の窓口担当者に対し請求明細書が追加された旨のメールを自動的に送信するようにしています」

また、スタイルズ SIビジネスグループ 営業第1チーム サブリーダー 御須 正人は、実績報告返信データ用フォルダーを設定したことも、業務負担の軽減につながっていると強調する。
「A社のビジネスでは、定額ではなく毎月の利用実績によって請求を立てるため、法人会員側で実績の把握の仕方が微妙に異なり、請求内容に食い違いが発生する場合もあります。実績報告返信データ用フォルダーを設定することにより、A社と法人会員の両者が閲覧可能な形でファイルを保存できるようになり、請求明細の内容に食い違いがあった場合でも、修正申請が可能な双方向の情報共有が成り立つようになりました」(御須)

さらに、今回のownCloudは、スタイルズ独自のプラグインにより、オープンソース版の標準機能では出力されない監査ログを取得する拡張機能が実装されている。ログイン/ログアウト、ファイルアップ/ダウンロード、ファイル共有などのユーザー操作ログのほか、アクセス元のIPも記録し、ログローテション機能も兼ね揃えているという。

ほかにも、カスタマイズによって、法人会員が閲覧するクライアント画面には、オリジナルのownCloud ロゴに代わりA社のロゴが表示されるように改修を行った。「これは小さな改修かもしれませんが、Webポータル画面ではサービス企業のイメージが非常に重要となるため、ロゴの統一はA社のブランディング定着に一役貢献していると考えています」と御須は話す。

OSSの導入効果 業務負担の軽減とサービスの信頼性維持を実現

ownCloudの導入と、請求明細書の共有の自動化により、数100の法人会員向けに3人が3日かけて行っていた紙とメール添付による請求書の発送・送信作業が一切不要になった。それにより、業務負担の軽減とともに、印刷費と通信費も大幅に削減され、法人営業の担当者は本来の生産的な業務に専念できるようになったという。また、手作業での発送・送信によるミスやエラーも起こらない仕組みになったことで、サービスにおける信頼性の維持、企業ブランドの保護にも大きく貢献している。

また、ownCloudの導入による成功例は、別の新たな活用にもつながっている。例えば、A社、印刷会社、デザイン会社の3者で相互にデータを共有できるチラシ制作用共有フォルダーも用意された。これは、請求書情報をやり取りするタイミングで、その月のキャンペーンやお知らせなどのチラシ情報もPDF化して提供したいという別の部署からの要望を反映したものだ。

このプロジェクトを振り返り、矢野は「ownCloudを業務と組み合わせてみると、こんなにも使い方が広がるのだということを改めて認識できたことは、今後の可能性を広げる上で大きな収穫でした」と感想を述べる。また、御須も「最初にやりたいことが明確になっていたのでプロジェクトもやりやすく感じました。それは、OSSを使う上ではとても重要なことなのです」との感想を述べた。そして、最後にプロジェクトマネージャの川口は、「運用を開始して2年が過ぎましたが、その間に大きなトラブルはなく、活用のアイデアが次々に生まれているなど、業務に浸透し、受入れられていることを感じます」と語る。

OSS専門家の見方 OSSをビジネスに活用するチャンスは広がると確信

一方、このプロジェクトを見守っていた、SCSK R&Dセンター 技術戦略部 OSS戦略課 プロフェッショナル ビジネスクリエータ 湯川 栄治は、「『OSSユーザーのための勉強会』がきっかけとなり社内勉強会を開催し、ownCloudの存在が社内にも知られ、スタイルズの全面協力を得られたことで、A社のプロジェクトが完遂できたことはとても嬉しく思います。このような機会が今後さらに増えていけばOSSをビジネスに活用するチャンスは広がっていくと確信しています」と期待感を語る。

同様に、SCSK R&Dセンター 技術戦略部 OSS戦略課 シニアプロフェッショナル ITアーキテクト 渡邊 範尚も、「今回のプロジェクトでは、ownCloudで一旦オンラインストレージの環境を整え、その上で3社が意識を共有しながら使い方を模索した結果、フォルダーを分離するアイデアが生まれたと聞いています。それを可能にしたのも、OSSならではのダイナミズムのなせる技ではないかと改めて感じているところです」と感想を述べる。

(インタビュー実施時期:2018年3月)

SCSK株式会社 R&Dセンター 技術戦略部 OSS戦略課 プロフェッショナル ビジネスクリエータ 湯川 栄治

SCSK株式会社 R&Dセンター 技術戦略部 OSS戦略課 シニアプロフェッショナル ITアーキテクト 渡邊 範尚

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