What is your DREAM??
挑戦し続ける現場社員へのインタビュー
“できる”の枠を開拓したい
量子コンピューティングで社会課題に挑む
「世の中の役に立っている実感はなかった」――。かつてそう感じていた技術者が、今後、社会実装が期待される「量子コンピューティング」という先端技術の領域で、大きな転換期を迎える。困難な挑戦の末にその技術者が得たもの、そしてSCSKの第一線で描く「夢」とは何か? その軌跡に迫る。
持田 成一
事業開発への想いと、
量子コンピューティングとの出会い
2020年、持田はコロナ禍の始まりと共に入社した「コロナ第一世代」だ。学生時代はAIの画像認識や時系列予測を研究しており、そのバックグラウンドが評価され、研究開発部門に配属された。
「入社当初から、新しい技術を社会実装したいという想いが強くありました。企業の中でその役割を担うのは『事業開発』だと漠然と考えていたんです」。
しかし最初に与えられたミッションは、研究開発で生まれた技術を事業につなげる“出口戦略”の立案だった。数年先の産業化を見据えた技術が多く、事業部門に提案しても「今すぐ利益になるのか」という壁が立ちはだかる。
「正直、自分のやっていることが世の中の役に立っているという実感はほとんどありませんでした。成功したと言えるような例も、一つもなくて…」。
他部署の同期が成果を上げる話を聞くたび焦りが募ったが、「自分たちの目的はそもそも違う」と言い聞かせながら、目の前の業務に向き合い続けた。
転機は、上司からの一言だった。
「短期的な成果だけでなく、長期的なモチベーションを持った方がいい」。この助言を機に「自分は何を実現したいのか」と原点を見つめ直した持田は、自身の考えを深めるための拠り所として、国や政府が発表している「2030年、2050年目標」といった長期的な指針に注目。国がどういう未来に向かっているのかを見据え、その中で自分としてどういう貢献ができそうかという視点で、自身のビジョンを具体化していった。そうして、“あらゆる世代が不自由なく豊かなライフスタイルを追求できる未来”というビジョンを描き始める。
立ちはだかる「ギャップ」という壁――試行錯誤のプロジェクト推進
社会実装への想いを諦めず、上司に事業開発への挑戦を訴え続けた結果、2024年度に住友商事への出向が決定。量子コンピューティングを用いた事業開発「QX(Quantum
Transformation)プロジェクト(量子技術を起点とした社会変革プロジェクト)」への参画が決まった。
未知の技術分野に挑む不安を抱えながらも、「事業開発という初めての経験を通して、新しい力を得られるはず」と胸を躍らせたという。ここが、キャリアにおける大きなターニングポイントになった。
量子コンピューティングとは
量子力学の特性を活用して、クラシック(従来型)コンピューターでは膨大な時間がかかる計算を高速に処理できる新しい計算技術。
・災害時の避難経路を最適化できる
・物流や交通の計画を効率化できる
・新素材や薬の開発を加速できる
といった社会課題の解決に役立つ可能性があり、世界中で研究と実証が進んでいる。
このプロジェクトでの役割は、量子技術を持つベンダーとパートナーシップを組み、その技術を国内のユーザー企業へ届ける「橋渡し」。担当した案件の一つが、電力事業者と取り組んだ水害時を想定した避難経路の最適化に関する実証実験だ。指定避難所への最短経路に人が集中すると渋滞が発生し、かえって避難効率が低下する可能性がある――そんな課題に対して、量子コンピューティングを活用して従来よりも速く避難完了できる最適なルートを導き出すことを目指した。
だが、プロジェクトは容易とは言えるものではなかった。最大の壁は、技術側とユーザー側の間にある専門知識や期待値の“ギャップ”。
「社外のお客様とプロジェクトを立ち上げ、マネジメントするのは初めて。商社の文化も分からず、右も左も分からない状態でした」。
特に苦労したのは、専門家の技術言語をユーザー企業が理解できるビジネス言語に“翻訳”する作業だ。持田は資料を徹底的に読み込み、想定される質問を予測し、相手の立場に立った表現を模索。オンライン会議では参加者の表情や反応を観察しながら言い回しを調整するなど、トライ&エラーを繰り返した。
「打ち合わせは“ショー”だ。下準備がすべて」――先輩の言葉を胸に、アジェンダや各社の報告内容まで細部を整え、会議を演出するように進行。さらに、未成熟な分野ゆえにパートナーシップをどこと組むかも人脈が頼り。月1〜2回の勉強会に足を運び、名刺交換を重ねる地道な活動がプロジェクトを前進させた。
「価値」の先に未来を描く――
プロジェクトの成功がもたらした成長
地道な努力の末、避難経路最適化の実証実験は成功。従来よりも効率的な避難経路を導き出せることを示し、量子コンピューティングが社会課題解決に貢献できる可能性を証明した。 持田は成功の鍵をこう分析する。「技術が独り歩きするのではなく、常にユーザー企業と『歩幅を合わせて』進められたこと。ユーザー企業にとって意味のあるものを実証できたからこそ、成功につながったのだと思います」。
この1年間の出向経験は、持田にスキル面でも大きな成長をもたらした。量子技術に関する専門知識は、ゼロの状態から自分の言葉で技術を語れるようになったと自負している。それに加え、「翻訳力」「マネジメント力」、そして社外の多様な人材と連携して目的を達成する「プロジェクト創出の実行力」といったビジネススキルが格段に向上した。
しかし、最も大きな変化は思考そのものにあった。
「何を話すにしても、『この技術を使うことで、どういう未来になるのか?』『ユーザーのビジネスに、どういう価値が実現できるのか?』を最初に考える癖がつきました。プロジェクトを立ち上げるには、まず技術の価値をアピールしなければならない。その準備段階で、自然とそういう思考が身に付いたんです」。
技術を知っているだけの「技術者」から、その技術でいかに価値を生み出すかを考える「ビジネスパーソン」へ。この視点の転換こそ、持田がこの1年で得た最大の財産だった。そしてこの経験は、SCSKに戻った現在の業務に直接活かされている。
「以前は『お客様にどう説明するか』を考えていましたが、今はそれが『SCSKの事業としてどうサービスを提供できるか』に置き換わりました。そのためにはどんな技術的知財が必要か、という逆算の思考で研究テーマを探索できるようになったんです。この1年がなければ、今の自分はありません」。
SCSKで描く、
共創の先に目指す未来
「もちろん、より国に近い機関や、すでに実績のある企業でやる楽しさもあると思います。でも、まだこの分野が確立されていないSCSKだからこそ、『自分が第一線として活躍できる。今の自分だからこそ実現できる、ということを作り出せる』という、他には代えがたいやりがいがあるんです」。
すでに確立された組織の一員になるのではなく、自らが先頭に立って会社の未来を切り拓いていく。その手応えは、すでに感じ始めている。現在、社内の他組織から量子技術に関する問い合わせが来るのは、ほとんどが持田のもとだ。「SCSKの中で先端技術の第一線を担えているという実感は、大きなモチベーションになりますし、何よりワクワクします」と、その表情は輝いている。
最後に、持田が描く「夢」について尋ねた。彼の視線は、二つの未来を見据えている。
一つは、技術者としての夢。 「あらゆるIT技術の可能性を考え、“できる”の枠を開拓し続けていくこと」。
そしてもう一つは、その先に実現したい社会のビジョン。 「あらゆる世代の方が、不自由なく豊かなライフスタイルを追求できる未来を実現すること」。
技術という手段を使って、社会をより良くしていく。出口戦略に悩み、もがいていた若き技術者は、困難な挑戦の最前線で自らの進むべき道を見つけた。
※このインタビュー記事は2025年11月に作成されたものです
PROFILE
持田 成一
SCSK株式会社
技術戦略本部 先進技術部 技術開発課